第六章

第1話 お主も孕ませたらええじゃろ

 チルが産んだ四匹は元気に育っている。

 三匹は白くて一匹は黒いが、仲良く遊んでいるようだ。


 名前を付けた。


 白三匹には、それぞれシロ、シル、シウ。

 黒一匹にはクロ。

 安直だが分かり易い……と思う。


 名付け親は俺だ。

 なぜかクルシェからもセレスからも、俺に付けてほしいとせがまれてしまったので。


 シロ、シル、シウの三匹は母親と同じくホーリーウルフだ。

 そして三匹とも雌。


 クロは父親と同じシャドウウルフ。

 面白いことに性別も同じく雄だった。


 ちなみに白三匹は俺によく懐いてくれるのだが、クロの方はまったくそんな気配がない。

 先ほども頭を撫でようとしたら手を噛まれてしまった。

 この点も親と同じだな。


 もっともやんちゃなのはシロで、壁を越えて屋敷の敷地外に出ようとしたり、何にでも興味を持ってすぐに口に咥えてしまったりして、よくチルに怒られている。

 シルとシウは走るのが好きなのか、二匹で追い駆けあいながら庭をぐるぐる回っている。


 クロはシャドウウルフだけあってちょっと臆病だ。

 放っておくと影の中に隠れようとするのだが、よく他の三匹に見つかって中から引きづり出されている。


 面白いのはホーリーウルフであるはずのシロ、シル、シウの三匹まで影に潜る能力を持っていることだった。

 そのことになかなか気づかなかったのは、影の中が嫌いなのか、滅多に潜ろうとしないからである。

 クロを影から引っ張り出そうとしているのを見て、初めて三匹も父親と同じ力を有していることが分かったのだ。


 四匹が遊んでいるところを、よくクウが影から頭部だけ出してこっそり見守っている。

 木に登っていたシロが足を滑らせて落ちたとき、すかさず飛び出して自分の身体をクッションにして受け止めていた。

 どうやらちゃんと父親をやっているらしい。


「まぁ、確かに子供も悪くないな」


 微笑ましい魔物の親子の様子を見ながら、俺はついそんな言葉を漏らす。


『ならばお主も孕ませたらええじゃろ? 幸いお主の子を望んでおる娘が沢山おるんじゃしのう?』

「……」

『よし、では今夜から避妊機能を停止させておくぞ』

「おい、やめろよ!?」

『くくく、冗談じゃよ、冗談……』


 まったく信用できねぇ。


「いや、せめて俺とアリアが卒業するまでは待てって」


 さすがに学院に通っているこのタイミングで彼女を身重にさせるわけにもいかないだろう。


『仕方がないのう……しかし本来は避妊など邪道なんじゃがの。人間、好きなときにヤって気づいたら腹が膨らんでいた、くらいが自然なんじゃぞ?』


 なぜか微妙に説得力がある気がしたが、こいつの言うことを真に受けてはならない、と自分に言い聞かせる。


『これ! 我はこれでも神剣じゃぞ! 愛と勝利の女神、ヴィーネの化身と言ってもいい存在なんじゃぞ!』






 俺もアリアも無事に進級試験に合格し。

 今日は入学式も行われた大講堂で、卒業式が開かれていた。


「学院で学んだことを力に、あたくしたちはこの国を背負ってまいりますわ」


 ちょうど今は卒業生の代表として、フィオラ王女が挨拶をしているところだ。


 今年度の首席は彼女らしい。

 裏で多少の忖度はあったかもしれないが、それでも王族として周囲の期待通りの成績を残したと言えるだろう。


 ちなみに彼女は王位継承権第二位。

 だが現国王は息子の第一王子よりも娘である彼女をいっそう寵愛しているらしく、将来的には彼女が王位を継ぐかもしれないと噂されていた。


 それに第一王子は現在、隣国との関係が悪化している西方の統治を任されているそうだが、そうしたいつ戦争になってもおかしくない危険地帯に派遣されたのは、国王が王子のことを良く思っていないためだとも言われている。


 そんな相手に、なぜかライバル視されている平民出身なんちゃって貴族の俺。

 本当に勘弁してほしいが、彼女は今日で卒業するので、少なくとも今後は学院内で顔を合わせることがなくなるのが救いだ。


 ……まぁそれはともかく。


 俺とアリアが学院を卒業するまであと一年ある(順当に行けば)が、クルシェは今年で卒業だった。

 前に宣言していた通り、どうやら本気で俺の騎士になるつもりらしく、結局すべての打診を断ってしまったらしい。


 式典が終わり、俺とアリアは卒業生側の席にいたクルシェと合流した。


「卒業おめでとう、クルシェ」

「うん、ありがと」


 どこか恥ずかしそうに頷くクルシェ。

 それから何か言いたそうにそわそわし出す。


「どうしたんだ?」

「えっと……ルーカスくん。いえ、辺境伯」

「?」


 いきなり真面目な顔つきになったので、俺はちょっと面食らう。

 しかも辺境伯て。

 一体何があったのかと思っていると、クルシェはさらに地面に跪いて首を垂れながら、


「私を正式に貴方の騎士として雇っていただけますか?」


 わざわざそんなふうに堅苦しく改まらなくても……と思ったが、俺の方も曖昧にしていたのは悪かったなと思い直す。

 俺みたいなのがお抱えの騎士を持つとかどう考えても違和感しかないのだが、それでもクルシェの身分を保証することにもなるだろうし、形だけでもしっかりやっておいた方がいいに違いない。


「……分かった。クルシェ、バザ辺境伯ルーカスとして命じる。お前を騎士に――」

「待つのですわ!」


 そのとき突然、よく響く声で割り込んできた人物がいた。


「クルシェさまを騎士にするのはこのあたくしですわ!」


 フィオラ王女である。

 ……面倒なのが来たぞ。

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