第32話 全部断るつもりだよ

 ララはモノ欲しそうにパンケーキをチラチラ見ているが、ダイエット中なのと俺たちへの差し入れとして持ってきたものだからだろう、頑張って我慢している。


「それで冒険者の方は上手くいってるのか?」


 ララの主導で、獣人たちが冒険者を始めていた。

 だがリューナたちと違って、あまり戦いには向かない連中が集まっている。


 なので色々と不安だった。

 ララの疑似神具も戦闘向きじゃないしな。


「心配は要らねぇよ。採取系のクエストを中心にやってっからな。それにアタシら獣人は五感の鋭さじゃ人間とは比較にもならねぇ。危険には敏感だ」


 採取系のクエストか。

 内容にもよるが、確かにそれなら危険は少ないだろう。


 それからパンケーキを美味そうに食べる俺たちを見ているのが辛くなったのか、ララは再び〈空間跳躍〉で帰っていった。

 ……相変わらず便利な能力だ。


「そう言えば、俺たちと違ってクルシェはもう卒業だよな? どうするんだ?」

「ふへっ?」


 パンケーキを頬張っていたクルシェが、口の周りにぜったりとクリームをつけて振り向く。


「色んなところから誘いがきてるんだろ?」


 筆記はともかく、実技では学年トップクラスの成績なので、すでに貴族たちから「うちの領地に来ないか」と声を掛けられているらしい。

 つまり卒業後、少なくともどこかの領主に仕える騎士になれることは間違いなく、平民出身の彼女としては大きな躍進だ。


 ちなみに騎士学院の卒業生にとって最も憧れの就職先は、国王直属の騎士である。

 ただしこれは基本的に貴族出身者が独占しているため、平民には難しい。


「へんふほほはふふほひはよ」

「いや口の中のものを飲み込んでからにしてくれ」


 クルシェはもぐもぐと咀嚼し、すべて嚥下してから、


「全部断るつもりだよ」

「えっ? じゃあどうするんだ?」

「ルーカスくんのお嫁さんになる」

「ぶっ」


 思わず吹き出してしまった。


 ま、まぁ、もちろん、ゆくゆくは正式に……と考えてはいたけどな?


 ただ、それはもうちょっと先のことだろうと考えている。

 五人もいるし、一人だけを、というわけにはいかない。


「ふふふ、今のは冗談だよ、冗談」


 クルシェはとてもそんなふうには見えない顔で言ってから、


「ルーカスくんの騎士になろうかなって」

「俺の?」


 予想外の話に首を傾げると、クルシェは呆れたように言う。


「ルーカスくんは今や立派な貴族なんだし、お抱えの騎士がいたって別におかしくなんかないよね?」

「そ、そういえば、そうか……」


 言われて、自分が辺境伯であることを思い出す。


「確かにそれは妙案ね。わたしも卒業したら雇ってもらおうかしら?」


 アリアまで。


「辺境伯直属の騎士だったら進路としては十分すぎると思うしね」

「けど、何にも出せないぞ?」


 辺境伯として北方に広大な領地を所有していると言っても、あくまで名目上のものだ。

 稼ぎもないし、自前の騎士に給金を支払えるとは思えない。


「別にお金なんて要らないよ。……ルーカスくんの傍に居られれば」


 頬を赤く染めて、そんなことを言うクルシェ。

 それからぼそりと、


「強いて言うなら、ルーカスくんの子供が欲しいかな?」

「げほげほげほっ?」


 思わず咳が出た。

 き、聞かなかったことにしよう。




 猛勉強の甲斐あって、どうにか無事に筆記試験を乗り越えることができた。

 まだ結果は出ていないが、たぶん大丈夫だろう。

 ……たぶん。


 ようやく勉強から解放され、これでしばらく羽を伸ばせるぞと晴れやかな気持ちになっていた頃、ついにチルが出産し、四匹の新しい命が誕生した。


「よく頑張りましたね、チル」

「ワウ!」


 母子ともに至って健康だ。

 初めての出産だったが、すんなり生まれてきたしな。


 チルは全長三メートル以上あるが、生まれたての子供たちはせいぜい俺の掌二つ分くらいしかないので、産道を抜けるのが簡単だったのだろう。


「はー、かわいいー」

「ほんと、可愛い」

「かわいい~!」

「可愛いです」


 目も開いていない四匹が重なり合っている様子に、女性陣が黄色い溜息を吐いている。

 狼といっても、まだ全体的に丸っこくて犬のようだし、確かに可愛らしい。


「ほら、クウもよく見てあげなよ。お父さんになったんだから」

「くう……」


 影の中に潜んでいたクウが、恐る恐る頭だけ出して確認している。


 その後、四匹に毛が生えてくると、どうやら四匹のうち三匹が真っ白で、残り一匹だけが真っ黒であることが分かってきた。


『三匹はホーリーウルフで、あとの一匹だけクウと同じシャドウウルフのようじゃの』


 そうなると一匹だけが仲間外れにされるのではないかと心配したが、今のところ四匹は元気にじゃれ合っている。


「わうわう!」

「わう!」

「ばうん!」

「わおーん!」


 それに四匹とも仲良く母親のおっぱいを飲んで、すくすく成長していた。

 生まれてから僅か一週間でもう二倍くらいに大きくなり、屋敷の庭を走り回るほどだ。


「やっぱり子供は可愛いわね」

「いいなぁ、子供……ぼくも欲しいなぁ……」

「私もそう思う」

「……わたくしもです」

「あ、あ、アタシは別に欲しくなんかねぇし!?」


 ……お陰で最近、やけにプレッシャーをかけられている。

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