第31話 大丈夫? おっぱい揉む?

 チルが妊娠していた。

 お腹を確認してみると、明らかに以前より膨らんでいる。

 雌だったのか、この狼……。


 じゃあ一体、父親は誰なんだ……?


「……くう」


 まぁ、こいつしかいないな。


 クルシェの影の中から恐る恐る顔だけ出し、チルの様子を確認している真っ黒い狼がいた。

 クウだ。


『ほほう、こやつが孕ませたのじゃな! なかなかやるではないか!』

「こらエロ剣。表現が直截すぎる」


 それにしてもいつの間に……。


「クウ、チルの傍に付いていてあげなよ」

「く、くう……」


 クルシェに促されて、クウはおっかなびっくりチルに近づいていく。

 相変わらず外に出しているのは頭だけだ。


「ガウッ!」

「きゃう!?」


 気づいたチルが咆えた。

 クウは慌てて影の中に逃げ込もうとするが、それより先にチルがクウの首根っこに噛み付いた。


「~~~~っ!?」


 チルの方が一回り以上の身体がデカくて力もあるため、クウはあっさりと影の中から強引に引きづり出されてしまう。

 そしてチルの前脚でがっちり拘束された。


「わうわう!」


 嬉しそうに咆えながら、クウの顔を舌で舐め回すチル。


「……くうぅぅぅ……」


 一方のクウは情けない呻き声を漏らしながら、観念したようにそれを受け入れている。


 すべてを察した俺は、クウに深く同情するのだった。


「……頑張れ」



    ◇ ◇ ◇



「あ~、しんどい……」


 俺は呻きながらソファの上に倒れ込んだ。


「まだ始めて一時間も経ってないじゃない」

「……むしろ一時間はそれなりに頑張った方だと思います……」


 アリアの苦言に、俺は息も絶え絶えにそう返す。


 俺とクルシェが使っている213号室の居間。

 そこで俺たちは勉強を行っていた。


 もうすぐ二年生への進級試験だからだ。

 クルシェは卒業試験だが。


 実技の方は問題ない。

 現在クラスⅡにいる俺とアリアは、その時点で実技試験をクリアしているためだ。


 問題は筆記試験の方である。

 しばらくあちこちに遠征していたこともあって、かなり後れを取っていた。


 このままでは留年しかねないということで、こうして猛勉強をしているのである。


「苦手なんだよ、勉強とか……」

「ぼくも……う~、もうダメ~」


 卒業試験に向けて頑張っているクルシェも、呻きながら絨毯の上にバタンと倒れ込んだ。

 クウが影の中から顔だけ出して、心配そうに彼女の頬を舌で舐める。


「五分経ったわ。ほら、休憩はお終い」

「「え~」」

「え~、じゃないの。あんまり休んでいると、その分、再開するのが大変になるわよ」


 一方、アリアはまるで苦にしている様子はない。

 貴族として英才教育を受けていた彼女にとっては、それほど難しい内容ではないのだろう。


「覚えてさえいれば簡単に取れる科目も多いわよ? 数学とか論理学とか、地頭が試される科目もあるけど」

「その覚えるのが大変なんだよ……」


 覚えた側から忘れていくし。

 頭がパンクしそうだ。

 おっさんの脳にはキツイ。


 それからさらに三十分ほどが経ち――


「……ああ、文字がゲシュタルト崩壊してきた……もう無理ぃ……」


 俺は完全にグロッキーになっていた。

 さっきからまったく文章が追えていない。


「あなた、この短時間で一気にやつれたわね……」


 アリアもさすがに心配になったようだ。

 どうやら今の俺は随分と酷い顔をしているらしい。


「……正直、精神力の消耗が半端ない」


 アリアはダメな弟でも見るかのような視線を俺に向けながら、言った。


「大丈夫? おっぱい揉む?」

「揉みたい」


 俺は即答してから、ハッと我に返る。


「って、急になに言ってんだ……?」

「元気が出るかと思って」


 でもアリアさん、すごく妙案です。

 幾らでも頑張れそうだ。


「じゃ、じゃあ、ぼくもっ! ……って、ぼくの洗濯板みたいな胸なんて、揉んだところで虚しくなるだけだよね……」


 一人で自虐気味に俯くクルシェ。

 いや、君には他にもっと強力な部位があるじゃないか。


「ふぇっ? お、お尻? そ、それで、ルーカスくんが頑張れるっていうなら……」


 俺の視線に気づいたのか、クルシェが恥ずかしげにお尻を抑えながら言う。


「お主がそこまで言うのなら仕方ないのう。ほれ、我のも提供してやろう」

「お前のは要らん」


 幼女の胸や尻を揉んで喜ぶのはごく一部の特殊な性癖の奴だけだ。


「んっ……あっ……」

「ひゃぅっ……んぁっ……」


 そうして俺がアリアの胸やクルシェのお尻を揉みながら英気を養っていると、


「って、何してんだテメェ!? 勉強してるんじゃなかったのかよ!?」


 いきなりララが現れた。

 彼女の疑似神具〝飛脚〟の【固有能力】、〈空間跳躍〉を使って屋敷からここまで転移してきたのだ。

 随分と転移にも慣れてきたようだな。


 その手には美味しそうなパンケーキの載ったお盆。

 どうやら差し入れを持ってきてくれたらしい。

 屋敷のメイドたちが作ってくれたのだろう。


「いや、ただちょっと休憩してただけだ」

「とてもそうは見えなかったんだけどよ!? ……まぁテメェのド変態っぷりは今に始まったことじゃねぇか」

「俺は変態じゃない」


 なぜか間違った認識を持たれてしまっているようだ。

 だが俺が訴えると、ララはゴミ溜めでも見るような目で「ああ?」と喉を鳴らし、


「おっさんのくせに十代しか愛せないロリコン野郎だろ? 何人もの女を囲ってるクズ野郎だろ?」


 ……断じて違う。

 違う……のだが、反論できない……傍から見たらそうとしか思えないもんなぁ。


「おまけに……おっ、おっ、お漏らしプレイが好きな異常性癖野郎じゃねぇかっ」

「ちょっと待て」


 え? 何それ?

 俺、そんなプレイをしたことなんて一度たりともないはずだぞ?


「お主がそこまで言うのなら仕方ないのう。ほれ、我が聖水を漏らすのを見て喜ぶがよい」

「お前は黙ってろ。って、出すなよ!? 絶対に出すなよ!?」

「それもフリじゃな?」


 だからフリってなんだよ。


「そ、そんなことより! せっかく作ってくれたんだし、食べましょう!」


 アリアが手を叩き、ララが持ってきたパンケーキを指差す。

 何か今、すげぇワザとらしく話題を変えた気がするんだが……。


「そうしよう! そうしよう!」


 さっきからずっと食べたそうにそわそわしていたクルシェが、真っ先に飛びつく。


「ん~~、美味し~い! やっぱり勉強で疲れたときは甘い物が一番だね!」

「そうね。ほら、ルーカスも食べましょう」

「あ、ああ」


 アリアの目を見ようとすると、あからさまに逸らされてしまった。

 ……怪し過ぎる。


 しかしこれは追及すると危険な話題だと、俺の直感が訴えてくる。

 なので何も聞かなかったことにした。

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