第30話 ごろごろするしかないですにゃ

 屋敷の住人が増えたので、ちょっと整理しておきたい。


 俺とアリアとクルシェ、それからイレイラは騎士学院の生徒なので、今まで通り学院に通う日々を過ごしている。

 もう三か月もしたら進級試験や卒業試験なので、それに向けた準備をしていかなければならない頃合いだ。


 一方、リューナは配下(?)のエルフ四人衆たちとともに、相変わらず冒険者として活動していた。


「ルーカス殿。報告がある」

「どうした?」

「私はBランクの昇格試験に合格した」

「マジか……」


 ある日突然、リューナからBランクへの昇格を報告されて、俺は唖然とした。


「まだ冒険者を始めて一年経ってないよな……?」

「そのように思う」


 万年Dランクだった俺とは雲泥の差である。

 軽くショックを受けながらも、リューナが相変わらずの無表情なのに褒めて欲しそうな顔をしていたので、俺は「すごいな」と頭を撫で、それからキスをしてやった。


「くっ、リューナ様が羨ましい……っ!」

「ルーカス様! 我らもBランクに昇格したらぜひご褒美を!」

「私はあなた様の子種が欲しいです!」

「一滴でも! 一滴でも構いません!」


 エルフ四人衆が何か言っているが放っておこう。


 セレスは毎日のように、王都にあるレアス神殿の支殿に通っている。

 聖女エリエス率いるレアス神殿にバザのことを任せているのだが、セレスを通じて逐一、現在の状況を報告してもらっていた。

 まぁ俺から頼んだわけではないが……。


「獣人たちの間に着実に信仰が広がりつつあります」


 どうやらレアス神殿の信徒が増えつつあるようだ。


「現在、本殿に次ぐ規模の支殿を建設する計画も進んでいます」

「そりゃすごいな」

「そこには神剣の英雄であるルーカス様の像を建立(こんりゅう)する予定です」

「……は?」


 今なんか、とんでもないことを言われた気がする。


「つきましては、その素材とするための人物画を描かせていただくことになると思いますので、ご協力をお願いします」

「ちょ、ちょっと待て」


 俺は慌てて訊き返す。


「俺の像? 今、俺の像を建てるって言った?」

「はい。恐らく高さ十メートルを超す立派なものになるかと」


 なにそれ嫌過ぎる。


「あっ、もちろん資金については心配要りません」


 俺が顔を顰めたのを建立資金に対する不安と思ったのか、セレスはそう断言して、


「ルーカス様への信仰が広がり、毎日のように沢山の寄進があるそうですから」

「お前たちは一体何の信仰を広げてるんだ!?」


 エリエスに任せたのは間違いだったかもしれん……。


「ルーカス様を一目見たいと、大規模な巡礼も計画されているところです」


 俺を聖地か何かと一緒にしないでほしい。


『くくく、これならもっと獣人の嫁が増えそうじゃのう?』

「やめてくれ」


 ところでその獣人の住民たちだが……。


「ほんとここは快適ですにゃ~」

「ですです」

「働かなくていいですし、美味しい食事は出てきますし、毎日お風呂に入れますし。有体に言って天国ですね」

「それに口煩い親もいないっす!」

「おら、ダメになりそうだべ~」


 屋敷で毎日ごろごろしていた。


 獣人の各部族から捧げられてきた俺への貢物ということだったが、もちろん俺は手を付けたりせず、丁重に待遇していたら、完全にぐうたら生活を送る怠け者の集団と化してしまった。


 学院に通っているイレイラを除いても、この屋敷には優秀なメイドたちがいるため、特に家事をする必要もないしな。


 食べては寝て食べては寝てを繰り返し、ちょっと太ってきている。

 なんとも重そうに身体を動かす様は、とても獣人とは思えなかった。


 しかも犬人族と猿人族、狐人族と狸人族がいつの間にか仲良くなっている。

 競争のない世界に置かれたことで、無駄な対抗心から解放されたのかもしれない。


「だって、ご主人様が悪いですにゃ。うちらを抱く気が端からないなんて、だったらもうごろごろするしかないですにゃ」

「そうっすよ。せめて『俺を惚れさせた奴から抱いてやるぜ(キラン)』くらい言ってくれれば、もっと頑張るっすのに!」

「その通りです。女というのは張り合いがないとこうなってしまうんです」


 え? 俺のせいなのか?


「テメェら、なっさけねぇな! それでも獣人かよ!」


 と、そこへ割り込んできたのはララだった。


「いや、お前さんに言われる筋合いはないべ? おら、知ってるだ。お前さんの腹回りにたっぷり贅肉がついてること」

「そそそ、そんなことねぇし!?」


 ララは否定しているが……。


「……やっぱそうか」


 実は俺も気づいていたのだが、彼女の名誉のためにも黙っていたのだ。


「ご主人様にまでバレてるにゃ~。そんなだらしない身体を抱かせるなんて、よっぽど情けないにゃ!」


 ちょっと肉付きがあるのも、それはそれで抱き心地が良くて好きだけどな。

 って、何を言ってんだ俺は……。


「な、何でだっ……? これでも毎日、走ってるってのに……っ!?」

「原因は自明なのです。それ以上に食べてるからなのです」

「ここの食事、美味いっすからね~」

「確かに、ララはよくおかわりしてるよな」


 少々の運動では消費し切れないほどのカロリーを摂取しているのだろう。


「けど、クルシェよりはマシだぜっ!?」

「いや、あれと比べたらダメだろ」


 クルシェはどれだけ食っても太らない体質なのだ。


「くっ……こうなったら……っ! アタシは冒険者業を再開するぜ!」


 このままではダメだと思ったのか、ララはいきなりそう宣言する。


「せいぜい頑張るにゃ~」

「ですです」

「何を言ってやがる! テメェらも一緒にやるんだよ!」

「「「え?」」」


 こうして獣人たちの凸凹パーティが結成されることとなったのだった。

 ……色々と心配だが。




 話は変わるが、ある日のこと。

 セレスがいつになく不安げに報告してきた。


「最近、チルの元気がないんです……」


 庭に出てみると、王都に来てからはこの屋敷の番犬(?)となったホーリーウルフのチルが、じっと蹲っていた。

 セレスによれば、このところほとんど動かないという。

 確かにいつもなら元気よく咆えながら飛びかかってくるはずだが……。


「何かあったのか?」

「わ、分かりません……もしかしたら何かの病気なのかも……」

「ねぇ、ちょっと見て」


 と、そこでアリアが何かに気づいたのか、チルのお腹の辺りを指差して、


「膨らんでない?」

「確かに」

「まさか……」


 チルの妊娠が発覚した。


 てか、雌だったのか……。

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