第29話 こちらが貢物となります

 王都に帰ってきて、しばらくが経った頃。

 突然屋敷に見知らぬ獣人たちがやってきた。


「ルーカス様、お初にお目にかかります。族長キルケルに代わり、我らが新たな王の下へご挨拶に伺いました。族長の息子、キルナと申します」


 そう言って恭しく頭を下げてきたのは、三角形の獣耳を生やした金髪の青年だった。

 その隣で、同じく金髪の美少女が首を垂れている。


 青年は二十歳くらい。

 少女はまだ十七、八といったところだろう。

 二人とも緊張しているのか、かなり表情が強張っていた。


 彼らのお尻には毛でふさふさの尻尾が生えている。

 どうやら狐の獣人らしい。


「え? もしかしてバザからわざわざ?」

「もちろんでございます。我ら一族は代々、獣王の代替わりに際して必ずご挨拶をしてまいりましたので」


 キルナは当然のことのように言う。

 ちなみにレオンは獣王の名を返上し、今は自らを獣将と呼称しているらしい。


「そ、そうか……」


 別にそんなことしてもらう必要はないのだが……。


「ここまで来るのは大変だっただろう?」


 見ず知らずの土地を旅してくるのは、危険でもあったに違いない。

 しかもまだ若い二人だ。


 俺の言葉に、キルナはちょっと驚いたように息を呑んで、


「勿体なきお言葉、ありがとうございます」

「いや、そんなに畏まらなくていいって。……えっと、とりあえずしばらくここに泊まっていくといい。部屋は余っているしな」


 あと、帰還するときにはせめてレアスでゆっくり休めるよう、神殿に連絡しておこう。

 自費でここまで来たようだし、獣人だと宿を取るのも一苦労だろうしな。


「な、なんと……我らのためにそのようなことまで……っ?」


 隣の少女も信じられないという顔をしていた。


 ……歴代の獣王たちは一体どれだけ虐げてきたんだよ。

 そう考えると、俺が統治者となって良かったのではないかと思えてきた。

 本当はやりたくないのだが。


 しばし感激のあまり言葉を失っていたキルナだが、何かを思い出したようで、


「はっ、申し訳ございません、失念しておりました!」


 そこでようやく隣の少女のことを紹介してくれた。

 少女が背筋を伸ばし、深々と礼をしてくる。


「こちらが貢物となります」

「……ぞ、族長の娘のキナでございます」

「私の妹でございます。手前味噌ですが、一族の中で最も器量に優れ、新王に捧げるに足る娘であると自負しております。どうかお受け取りくだ――」

「ちょ、ちょっと待て」


 俺は思わず声を上ずらせて彼の言葉を遮った。


「貢物? 彼女が?」


 いや、最初からなんとなくそんな予感はしていたのだが……当たって欲しくなかった。


「……っ! も、もしや、お気に召されませんでしたかっ?」


 どうやら俺の反応を悪い方に取ってしまったらしい。


「そういうわけじゃなくて……。俺はそもそもそういう系の貢物はお断りしているんだ」

『ララは受け取ったのにか?』


 ……あ、あれは例外だ。


 キルナは何を思ったか、覚悟を決めた顔で、


「も、申し訳ございません! 新王がだとはつゆ知らず……! で、では、代わりに私がこの身をお捧げいたしましょう……!」

「あ、うん……やっぱ彼女の方でいいや……」


 このまま追い返されることになったら彼らも困るだろう。

 幸い屋敷には余裕があるし、彼女が望むのであれば、ここで暮らしてもらえばいい。


「ありがとうございます! 誠心誠意お仕えさせていただきます……っ!」


 こうして屋敷の住人がまた一人増えたのだった。


 しかしこれ……嫌な予感しかしない。






 ……思った通りの展開になってしまった。


「ネーニャと申しますにゃ! どうかよろしくお願いしますにゃ!」


 狐人族のキナを屋敷に迎えてから三日後のこと。

 今度は猫人族の少女が屋敷へとやってきた。


 小柄でしかも落ち着きがないので子供っぽく見えるが、十九歳だという。

 好奇心の強そうなぱっちりとした目に、唇から覗く小さな牙が可愛らしい。


 キナのときと同様、お引き取り願おうとしたが、


「そそそ、それは困りますにゃ! 新王様に追い返されたとあっては一家の大恥にゃ!」


 涙目でそう訴えられたので、仕方なく彼女も屋敷に住まわせることに。


 しかしさらにその四日後には、


「チワと言うです。一族を代表して、ルーカス様にお仕えさせていただくです」


 犬人族の少女がまたしても貢物としてやってきた。

 ネーニャと同じくらい小柄だが、肝が大きいのか堂々としている。


 一応、それとなくお引き取りいただこうとしたところ、


「おめおめと故郷に帰るくらいなら、命を絶つのです」


 と真顔で宣言されたので、こうなったら二人も三人も同じだと、俺はヤケクソ気味に彼女を受け入れた。


 またその二日後。


「エンエと言いますっす! どうかよろしくっす! いえ、よろしくお願いしますっす!」


 やたらと軽いしゃべり方の彼女は、どうやら猿人族らしい。

 元気いっぱいという感じで、何だか憎めないタイプの娘だ。


 もう何人でもきやがれと、諦めモードで彼女も受け入れる。


「あっ、犬人族っす!」

「っ! 猿人族っ」


 どうやら犬人族とはあまり仲が良くないらしいが、この屋敷にいる限りは喧嘩しないようにと言っておいた。


 またまたその五日後。


「おら、ルーカス様にお仕えするためにきたべ」


 今度は狸人族の少女である。

 いかにも田舎から来たんだなといった素朴な感じの娘で、訛りが強い。

 狸らしくちょっとふっくらしている。

 ……あと、セレスと勝負できそうなくらいの爆乳だった。


「……狸女……」

「……女狐……」


 こっちは狐人族と不仲らしい。


『くくく、ますますハーレムが充実してきたのう! どの娘から美味しくいただくのじゃ?』

「抱かないから! 絶対に抱かないからな!」

『というフリじゃろ?』


 フリってなんだよ……。

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