第27話 ちょっと軽く脅しただけよ?

 俺はエリエスと並んで、玉座に腰掛ける国王のフェルナーゼの下まで歩いていく。

 緊張のあまり、もしかしたら両手両足が一緒に出ているかもしれない。


 そもそも謁見の際の作法とか、よく分からないのだが。

 エリエスに合せて立ち止まると、とりあえず跪いて首を垂れてみた。


 聖女であるエリエスは立ったままだ。

 神々の代弁者とされている彼女だから許されることなのだろう。

 たぶん俺が真似したら怒られる。


「面を上げよ」


 国王の声で、俺は顔を上げた。


「お主がルーカスか」

「……は、はい」


 上ずった声で返事する。


「……こいつがフィオラを……」

「え?」


 一瞬、何かを呟いたようだったが、小さくて聞き取れなかった。

 しかし凄まじい威圧を感じた気が……。


「いや、思っていたより普通の男だと思ってな」


 そうです。

 どこにでもいるごく普通の平民です。

 それが何で国王に謁見してるんですかね?


「聖女エリエスより話は聞いておる。お主こそ、紛れもなく神剣に選ばれし英雄であると」


 国王は重々しい口振りでそう告げる。


「まさか本当に……」

「イザベラ卿の妄言ではなかったのか……」


 居並ぶ貴族たちがどよめく。

 ……もはや、俺が英雄だなんて何かの間違いだなどと言える雰囲気ではない。


「さらに此度の働き、まさに英雄に相応しいものだったと言えるだろう」


 貴族たちが静かになるのを待ってから、国王は続けた。


「そのことを踏まえ、お主に辺境伯の位を与えよう」


 そう宣言された直後の貴族たちの驚きは、先ほどの比ではなかった。


「へ、辺境伯!?」

「平民がいきなり辺境伯だと……っ?」

「ぜ、前代未聞だ!」


 俺が予想していた以上の驚愕ぶりである。


「まぁ当然の反応ね。辺境伯というと、伯爵以上の爵位だもの。よっぽどの功績を上げても、平民が与えられるのはぜいぜい男爵といったところよ」

「マジか。辺境っていうから、てっきり下の方の爵位かと思っていたのだが……」

「……もう少し世の中のことを勉強した方がいいと思うわ?」


 そう言われても、貴族の世界のことなんて、自分の住む町か、せいぜいその周辺くらいの領主のことを知っていれば平民には十分だ。

 旅好きな冒険者なら各地の情報に詳しいが、ほとんど一つの町を拠点にしていた俺のような低級冒険者の知識は狭いのである。


 そのとき、やたらと横にでかい男が一歩前に進み出たかと思うと、貴族たちの意見を代表するように国王に進言した。


「陛下。臣下の反応から見てもお分かりいただける通り、幾ら何でも辺境伯の爵位を与えるのは行き過ぎかと思われます。第一、すでに辺境伯の地位には、何年も隣国からの侵略を防ぎ続けてきたベルベート卿が就いておられます」


 その訴えに、国王は「いや、そうではない」と首を振る。


「彼に任せるのは北方だ」

「北方?」

「獣人の国バザが我が国の属国となることになった。ルーカス……いや、ルーカス卿にはこれより、バザの領主を務めてもらう予定だ」


 貴族たちが再びどよめく。

 その驚嘆の声を聴き取るに、バザが属国になるというのはよほどのことらしい。


 そりゃそうだ。

 こっちは向こうを追い払っただけだからな。

 せいぜい金や人、物資などを賠償として要求する程度だろう。


 なのに丸ごと支配圏に置くというのである。

 そんな条件を相手が飲むとは思えないが……どうやら飲んだらしい。


「無論、獣王が自らそれを承認した。今日この場で正式に調印することになっている」


 とそこへ現れたのは、立派な鬣を持つ巨漢だった。

 獣王レオンだ。


 今回の一件の首謀者であるフラウとともに捕えられて、ここ王都に連れて来られていたのである。

 魔剣を有するフラウに敗れて獣王の座を陥落した彼だったが、正気に戻ったフラウに代わり、再び獣王となっていた。


 そして敗戦国の長として、戦後の交渉を担当していたようだ。

 そこにエリエスも参加していたというわけである。


「ひぃっ」


 俺を見るなり、獣王は頬を引き攣らせて情けない悲鳴を漏らした。

 ……なぜかやたらと俺のことを怖がっているのだが?


 町の領主を救出した際に戦ったが、別に大怪我をさせたわけではない。

 その後、情報を引き出すためちょっと手荒いことはしたけど。主にアリアやセレスが。


「あら、ちょっと軽く脅しただけよ? 神剣のことを話したらあっさり首を縦に振ったわ。魔剣にやられたのがよっぽどトラウマだったみたいね」


 エリエスがしれっと言う。


「でも向こうにもメリットはあったはずよ。属国といっても、あなたの代理として、獣王がこれまで通り国を治めることができるわ。税の徴収もなし」


 要するに俺はあくまで辺境伯の地位を与えられ、名目上の領主となるだけで、政治に携わる必要はないという。

 レアス神殿が全面的に協力してくれるらしく、バザには監察官や聖騎士を派遣してくれるとか。


 それなら別に俺じゃなくてもと思ったが、


「獣王が怖れるあなたが領主であること自体に意味があるのよ」


 そういうことらしい。


 セントグラとしては、バザを属国化したという事実だけで十分過ぎる成果だという。

 現在、西の隣国と一触即発の危うい状況らしいが、内実がどうあれ、こちらが獣人たちを味方につけたことが事を有利に運ぶのは間違いない。


「ではここにルーカス卿へのバザ辺境伯の授与を宣言する」


 こうして俺は貴族の仲間入りを果たしたのだった。


 ……信じたくありません。

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