第25話 スケコマシというやつですね

「とりあえず近場に飛ぶことからやってみたらいいじゃろう」

「わ、分かった……」


 ウェヌスの提案に、ララが緊張した面持ちで頷く。


 彼女の疑似神具はブーツの形状をしていた。

 ウェヌスによれば、その【固有能力】は〈空間跳躍〉。

 すなわち、空間を飛び越え、任意の場所へと一瞬にして移動することができるのだという。


「本当にそんなことができるのか……? しかも転移の魔法陣もなしに……」


 ダンジョンでは一般的な転移の魔法陣だが、熟練した魔術師でも描くのは簡単ではないという。魔力の消費も多いため、そうそう頻繁に使用することはできない。


 だがこの疑似神具〝飛脚〟があれば、魔法陣もなしに転移することが可能らしい。


「まぁ見ておれ。……うむ、あの岩の傍がええじゃろう」

「い、い、行くぜっ……」


 緊張しているのか、ララの声が上ずっている。


 ララがぴょんと地面を蹴ってジャンプした。

 次の瞬間、その姿が掻き消える――


「本当に移動した……っ!?」


 ――ただし衣服を残して。


「……え?」


 ばさりと、芝生の上に彼女の服が落ちる。

 一方、先ほどウェヌスが指し示した岩の傍には全裸の少女の姿が。


「す、すげぇっ!? ほ、本当にできたぞっ!?」


 彼女は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら、こっちに向かって走ってきた。全裸で。


「見たか!? マジで転移できたぜっ!」


 どうやら上手くいったことに興奮し、今の自分の姿に気づいていないらしい。

 俺は慌てて教えてやる。


「お、おい、ララ! 服っ! 服っ!」

「……へ?」


 そこでようやく違和感を察したのか、彼女は自分の身体を見下ろし、


「ぎやあああああああああっ!?」


 尻尾を踏まれた猫のような悲鳴を上げた。


 身に着けている衣服ごと転移することができないとなれば大きな欠陥だが、ウェヌスによれば幸いそれは使い手の意識の問題でどうにかなるものらしい。

 その後、もう少し練習してみたいというララの要望に応え、街道から逸れた人気のない場所へと移動した。


 アリアたちの付き添いでララが練習している中、俺だけが馬車の中で待機していた。

 また先ほどのように服だけ残してしまうかもしれないということで、おっさんは排除されたのである。


「どのみち裸ならあの夜にじっくり見てしまってるんだけどな……」


 そう呟いたまさにそのとき、目の前にいきなりララが出現した。


「うおっ? び、びっくりした……」


 直後にアリアたちが馬車の中を覗き込んでくる。


「どう、上手くいったかしら?」

「すごい、ちゃんと移動してるね」

「これで見えないところへの移動も大丈夫そうじゃの」


 どうやら練習の一環で馬車の中に飛んできたらしい。


「~~~~っ」

「って、どうしたの、ララ?」


 先ほどの俺の発言を聞いてしまったらしく、ララは顔を真っ赤にして恨めしげに俺を睨んでいた。


「ななな、何でもねぇよっ! ……う~~~っ」


 ウェヌスによると、〈空間跳躍〉はララ一人だけでなく、周囲の人間や物と一緒に飛ぶことも可能らしい。

 ただし人数が多くなるほど大変になるので、この人数を同時に運ぶにはもう少し訓練が必要だとか。


 転移先は、ララが一度でも行ったことがある場所という制約があるそうだ。

 頭の中で移動する先の光景を思い浮かべなければならないかららしい。


「ミーシャちゃん、お久しぶり。お姉さんは元気にしてる?」

「あっ、クルシェさん! お久しぶりです! 先日は本当にお世話になりました! はい! お姉ちゃんもすっかりよくなってます!」

「よかった」

「もしかして、またうちに泊まってくださるんですか? ありがとうございます! あれっ、前より増えてる……?」


 途中の宿場町で、俺たちは以前も宿泊させてもらった宿に泊まることにした。

 盗賊団に誘拐された娘を助けてあげた宿だ。


 俺たちを出迎えてくれたのは妹のミーシャで、行きよりも二人ほど増えていることに驚いている。

 ……俺も驚きだよ。


「ルーカスさん、スケコマシというやつですね」

「どこでそんな言葉を覚えたんだ……」


 ミーシャが言った通り、姉のレーシャも元気そうだった。


「ルーカス様とクルシェ様は同じお部屋ですね!」

「え? いや……」

「おっしゃらずとも分かっています! さあ、どうぞこちらへ!」


 まだ何も言ってないのに、なぜか俺とクルシェは勝手に同部屋にされてしまった。

 ……そういえば、まだクルシェのことを男だと勘違いしているんだっけ。


「言うの忘れてた……。まぁでも、お陰でルーカスくんと一緒の部屋になれたし、いっか! うん!」

「いいのか……」


 それにしても、レーシャの目がやたらとギラギラしていたのは気のせいだろうか。


「お、お姉ちゃんどうしたの? なんか鼻血でてるけど……」

「なんでもないわ、ミーシャ。……ぐへへへ……じゅるり」

「……お姉ちゃん、気持ち悪い」


 そんなこともありつつ、俺たちは王都へと戻ってきた。

 色々あったので、随分と久しぶりな感じがする。


 学院の方ではなく、イザベラから貰った屋敷の方へと向かった。

 馬車もあるし、セレスやララは今後この屋敷に住むことになる予定だからな。

 今はイレイラが連れてきたメイドしかいないし、広い屋敷には十分な余裕がある。


「「「「ルーカス様! リューナ様!」」」」


 到着するなり、エルフ四人衆が飛び出してきた。

 ……そういや、こいつらもいたんだっけ。

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