第24話 ここにも鈍い人がいたわ

 チルが引く馬車で、王都へと続く街道を進んでいく。


 行きの車内は俺、アリア、クルシェ、リューナ、そしてイレイラの五人だったのだが、新たなセレスとララが加わって七人になっていた。

 ……いや、それと一本と二匹もいるか。

 いずれにしても女性率が高過ぎる。


「男は俺とクウだけだな」

「がるるるっ!」

「……男同士、仲良くやろうぜ……」


 相変わらずクウは俺に懐いてくれないのだった。


 まぁクウのことはいい。

 俺は馬車の振動で揺れているウサ耳の方へと視線をやり、


「なあ、ララ? 何か俺、そんなに怒ってるんだ……?」


 俺から距離を取るように一人で馬車の端っこに座っている彼女は、あれからずっと口を効いてくれていないのだ。


「うっせぇっ!」


 にべもない。


 俺は肩を竦めつつ、アリアたちに視線で「本当にどういうことなんだ?」と問う。


「まだ分からないのね……」

「ねぇ? ちゃんとぼくらの気持ちは伝わってるよね? ぼく、不安になってきちゃった」


 なぜか残念な人を見るような顔をされてしまった。


 そんな中、セレスが、


「あの……実は、わたくしにも良く分からないのですが……ララさんはなぜ機嫌を悪くされているのでしょうか?」

「……ここにも鈍い人がいたわ」

「まぁ敬虔な聖騎士さんだからね……」

「は、はい……?」


 どうやら理解できていないのは俺だけではなかったようだ。

 ちょっとホッとする。


 そしてきっと人の機微に弱い彼女も分かっていないに違いないと思いながら、俺はリューナへと視線を向けた。

 すると彼女は言った。


「なぜ怒っているのかは私にも分からないが、ララ殿がルーカス殿のことを好いていることは分かる」


 間違いない、とばかりの断言っぷりだ。


「いやいや、それはない……だろ?」


 俺はすぐにその説を否定しようとしたが、中途半端なものになってしまう。


 そんなことないはず、と思いながらも。

 考えてみれば、これまでも俺のようなおっさんには不釣り合いなはずの美少女たちが、どういうわけか気づけば好意を寄せてきていたのだ。


 とはいえ、さすがにそんな奇跡が何度も続くはずがない。


 しかもララとは出会いの印象が最悪で、当初は俺への敵意を隠そうともしていなかったしな。


「でも、あなたララを抱いたんでしょ?」

「そうだが……」

「普通、好きでもない相手に身体を許さないわ」


 そ、そういうものなか?

 娼婦は金さえ払えばどんな客でも相手をするけどな……?


『……お主、間違ってもその例えを皆の前で口にしてはならぬぞ?』


 ウェヌスからいつになく強い口調で咎められてしまった。


 俺たちの会話が聞こえたらしく、さっきから黙っていたララが声を荒らげた。


「ば、バカ言ってんじゃねぇよ! アタシがこいつのことを……すっ、すっ、好きとかっ? はっ、どう考えたってあり得ねぇだろ!」


 途中なぜか声を上ずらせながらも、強く否定してくる。


「ほらな、ララもああ言ってるじゃないか」


 俺がそう頷くと、ララはジトッとした目で睨んできた。


「…………………………ばか」


 え?

 今、もしかしてバカって言われた?

 なんで同意したのに罵倒されないとならないんだ?


 ララはぷいっと顔を背け、また押し黙ってしまった。


『ククク、素直になれない兎ちゃん、なかなか可愛いのう』


 どういうわけかウェヌスがニヤニヤと嗤っている。

 いや、今は剣の姿なので視覚的には分からないのだが、人化していたら間違いなく幼女に相応しくない笑みを浮かべているはずだ。


『おっと、そうじゃ! 忘れておったわ!』


 と、急に何かを思い出したらしい。

 ウェヌスは人の姿へと変わると、狭い車内をララのところまで移動し、言った。


「まだお主に疑似神具(レプリカ・ウェヌス)を授けておらんかったの」






 いったん馬車を停車させた。

 車内は狭いので、外で行うことにしたのだ。

 めちゃくちゃ大きな疑似神具が現れる可能性もあるからだ。


「いいのか、ララ? 疑似神具を手にするってことは、正式に俺の眷姫にさせられるってことだぞ?」

「い、今さら迷わねぇよ! とっくに覚悟はできてんだ! それに、アタシもこいつらみてぇな武器が使えるってことだろ?」

「うむ、その通りじゃ。では早速、お主に疑似神具を授けようではないか!」


 ウェヌスの身体が淡く輝き、その光がゆっくりとララの方へと移動していく。

 やがてそれが彼女の足元へと集まり――


「なるほど。これがお主に合った疑似神具というわけじゃの」

「えっ? いや、アタシ、何も持ってねぇけど……」


 自分の両手を見下ろしながら困惑するララ。

 俺は彼女の足元を指差した。


「ララ、足の方だ」

「っ!? こ、これが……?」


 視線を落とし、ララはようやく気づく。

 いつの間にか先ほどまでとは違う〝靴〟を履いていたのだ。

 膝の近くまでを覆っているため、ブーツと言った方がいいかもしれない。


 ララのすらりとした長い脚によく似合っている。

 ……美脚だよなぁ。


「ほほう、これはなかなか……うむうむ……」


 その性能を分析しているのか、ウェヌスが一人納得したように頷いている。

 それから少々勿体ぶるような間を置いてから、


「これは疑似神具――〝飛脚〟。その【固有能力】はずばり、〈空間跳躍〉じゃ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る