第23話 肥え太らせてから売り飛ばす気かもしれん

 その後、兎人族の引っ越しが始まった。


 幸い彼らは素朴というか、かなり原始的な生活をしていたため、荷物も少なく、準備にもそれほど時間は必要としなかった。

 二日後には集落を出ることができた。

 他の獣人種に知られれば妨害される危険もあったため、早期に出発できたのは良かった。


 俺たちは彼らを引き連れて、いったん要塞都市メレルに立ち寄ってそこで休息。

 神殿や併設されている孤児院などに宿泊させてもらった。

 人数が多いので、かなりギュウギュウ詰めだったが。


 それからようやくレアスへと帰還する。


「人間がっ、人間がいっぱいいる……っ」

「ダメよっ、目を合せたら喰われちゃうかもしれないわっ」

「ひいいいっ、ママ怖いよ~っ」


 メレルでもそうだったが、彼らは終始、怯えっぱなしだ。

 ウサ耳をぷるぷる震わせながら、家族で必死に身を寄せ合っている。


「本気で怖がってる当人たちには悪いけど、何だか見ていてほっこりしてしまうわね」

「う、うん。……ぼくもどっちかというと怖がりだけど、兎さんたちよりは大丈夫かな……」

「み、皆が皆あんなんじゃねぇからな! アタシはあんな感じじゃねぇし!」

「ララ殿も似たようなものだと私は思う」

「あんだと!?」


 いや、人間に対してこれだけ怖ろしいイメージがある中、単身で出てきたララはむしろ勇敢なのかもしれない。

 よくビクついてはいるが。


「みなさん、ここがわたくしの屋敷になります。あまり畏まらず、我が家と思って生活していただければ嬉しいです」

「よかった……大きいけど、見た感じそれ以外は普通の屋敷だ……」

「うん……」


 一体どんなところを予想していたのか知らないが、ウサ耳たちは安堵している。


「安心するのはまだ早いぞ……油断させ、肥え太らせてから売り飛ばす気かもしれん……」


 まだ最悪の事態を想定している者もいるが。


 これから彼らは聖騎士団の保護下で暮らすことになる。

 全員をセレスの屋敷に収容することは難しいので、各騎士隊の隊長が分担して預かることになっていた。

 もちろん聖女エリエスの了承済みだ。


「お帰りなさいませ、ご主人様! それに奥様方も!」


 セレスの屋敷に残っていたイレイラが元気よく出迎えてくれた。


「悪かったな。長い間、留守番させてしまって」

「いえいえ! お気になさらず! ですがどうしてもとおっしゃるなら、ぜひご褒美として夜の――って、せめて最後まで聞いて下さいよっ!?」


 俺はイレイラの次ぎ句を完全にスルーした。

 するとそこへ、


「ルーカス様! ご無事で何よりです!」

「まさかたった数人で獣人の軍を追い払うなんて!」

「さすがはルーカス様です!」

「ぜひ抱いて下さい!」


 ソフィ、スエラ、サリー、シアナのセレス直属の聖騎士四人が、こちらも姦しく現れる。

 称賛の言葉に紛れてさらっと抱いてとか言うんじゃない。


 兎人族を連れてきた責任もあるので、彼らがしばらく落ち着くのを待ってから、俺たちはようやく王都に戻ることになった。

 それにしても随分と長い旅になってしまったな。

 授業もかなり進んでいるだろうし、帰ってから追い付けるかどうか心配だ。


「明日の朝に出発しましょう。またチルに馬車を引かせようと思っています」

「この屋敷のことはどうするんだ?」

「心配には及びません。ソフィたちにしっかりと後を任せてありますので」


 そのソフィたちは恨みがましい顔でぼやく。


「うぅ……酷いです隊長……」

「私たちもルーカス様と一緒に王都に行きたい……」


 俺としては彼女たちが残ってくれるのは大歓迎だ。

 それでなくても王都にはあのエルフ四人衆がいるわけで、さすがに両方が合わさったら俺の精神が持たない。


 そう俺が安堵していると、セレスが諭すように、


「そのうちわたくしに代わって新しい隊長が来ることでしょう。それまでの辛抱です」

「わ、分かりました!」

「しっかりとお勤めを果たし、いずれ必ず王都に向かいます!」


 ……いずれ来るのかよ。


「ララ、身体に気を付けてね」

「ああ。姉貴の方こそ」

「せっかくまた一緒に暮らせると思ったのに、少し残念だけど……」


 姉のファラと別れを惜しんでいるのはララだ。


「ララよ。ぜひ頼むぞ」

「分かってるっての!」

「できる限り早く跡継ぎを作り、我らの立場を盤石のものとするのじゃ」

「あ、後継ぎっ……」


 それから父親と何やら言い合っている。


 俺は気まずい思いを抱きながらも、意を決して二人に近づいていく。


「……ララ。一族のことは俺が保証する。だから無理についてくる必要はないんだぞ?」

「っ……」


 息を呑むララ。

 俺はフーリアをじろりと睨みつけた。


「え、英雄様っ……わ、わしは、その……」

「あんたの族長としての責任感は理解できる。だが、そのために娘を俺みたいなおっさんに売るなんて、どうかしてると思うぞ」

「……も、申し訳っ……」


 今にも死にそうな顔でウサ耳を震わせるフーリア。

 お、おいおい、そこまで怯えなくても……やりにくいな。


「ま、まぁ、そういうわけだからな。お前はここに残っても……ララ?」

「う~~~~~っ」


 なぜか涙目で低く唸りながら俺を睨んでいた。


「ど、どうしたんだ……?」

「うっせぇ、ばーかっ! たとえテメェが付いてくんなっつっても、絶対に付いてってやるからな!」


 そう大声で怒鳴ったかと思うと、先んじて馬車に乗り込んでしまった。


「……な、何で怒られたんだ?」

「相変わらず鈍いんだから」

「ほんとほんと」


 アリアとクルシェが俺にジト目を向けてきていた。

 さらにウェヌスまでもが、


『まったくじゃのう。〝君の本当の気持ちくらい理解している!〟と言っておったじゃろうが?』


 いや、あれは酔った勢いで適当なこと言ってただけっていうか……。


『いっそのことずっと酔っておった方がええんじゃないかの?』

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