第21話 これも我が一族のためじゃ

 兎人族の人たちから盛大な歓待を受けた。

 夜になると宴会が開かれ、料理を振舞われたのだ。


「わわわっ、ぼく、人間に触っちゃった!」

「あっ、ズルいぞ! ぼくも触る!」

「わしもわしも!」


 よほど人間が珍しいのか、そんなことを言いながら、俺の身体をぺたぺたと遠慮なく触ってくる兎人族の子供たち。

 いや、子供ばかりか、大人までやってきては俺の身体をタッチして喜んでいる。


 どうやら彼らは怖い相手ではないと分かると、急に人懐っこくなる性格らしい。

 ただしさすがに女性の身体を無遠慮に触るほど無分別ではないようで、お陰で俺ばっかりお触りの餌食になっていた。


「これ、やめんか」


 族長のフーリアがそれを咎めた。


「一人一触りまでにしておくのじゃ」


 一回は許すのか。

 まぁ別に良いんだが。


「ささ、皆さんのために用意させていただいたのじゃ。好きなだけ食べて飲んでくだされ」


 ようやくお触りタイムが終わって、フーリアがそう促してくる。


「約一名はとっくに食べ始めてるけどな」

「このおひくすほふおひひいほ!(このお肉すごく美味しいよ!)」


 もちろんクルシェだ。

 俺も早速いただくことにした。


 兎人族の集落は森に近いところにあることもあって、料理には森に棲息している動物や山菜、あるいや木の実といったものがふんだんに使われていた。

 あとは畑で育てた野菜。


 そして当然ながらお酒も供される。


「変わったお酒だな?」


 香りを嗅いでみると、フルーティな中に独特な匂いがあった。


「ナツメヤシの実から作っていますのじゃ」


 ナツメヤシのお酒か。

 確か、昔の伝記などに出てくる古いお酒だ。

 セントグラでは作られておらず、俺も飲んだことがない。


「ちょっと苦味があるわね」

「ほんとだ」

「でも美味しいわ」


 アリアとクルシェが試しに飲んで、そんなふうに感想を言う。


 俺もどんな味なのか興味がある。

 というか、飲みたい。

 とても飲みたい。


 だがこれまでの経験上、こうした場で酒を飲むのは危険な気が……。


 いや、ここにはあのエルフ四人衆もいなければ、聖騎士四人衆もいない。

 いるのは出会ったばかりの兎人族の人たちだ。

 さすがに何も起こりはしないだろう。


 心配なのは先日「眷姫になる」などと言い出したララだが、あれは俺たちに同行するための強硬手段だ。

 今さらやる意味はない。

 そもそもあのお漏ら――あの一件以降、ずっと避けられているしな。


 ……よし。

 飲んでも大丈夫そうだな。


 ただし飲み過ぎてしまわないよう注意しよう。





 ――十分後。


「はははははっ! なにを隠そうっ、この俺こそが、大えーゆールーカスさまだぁっ!」

「「「すごーい!」」」


 目をキラキラさせる兎人族の子供たちへ意気揚々と武勇伝を語る俺。


 はい。

 普通に飲み過ぎました。




   ◇ ◇ ◇




 宴会も終わり、夜が更けた頃。


 集落内で最も大きな屋敷。

 その薄暗い廊下で、二人の男女が神妙な顔つきで向き合っていた。


 族長フーリアとその娘ファラである。


「準備はできたか?」

「……はい、お父様」


 ファラは身体を清め、白い装束に身を包んでいた。

 そして覚悟を決めた表情で、父の言葉に頷く。


「これも我が一族のためじゃ。どうか耐えてくれ」

「分かっているわ……」


 獣人種の中でも力の乏しい種族である兎人族は、厳しい生活を強いられてきた歴史がある。

 しかしそれを少しでも和らげるため、彼らは様々な手段を講じてきた。


 例えば、時の獣王に一族の娘を差し出すこと。


 新たな獣王が誕生すると、彼らは必ず貢物として一族で最も美しい女性を捧げてきた。


 いつしかそれが当たり前になってしまったばかりか、他にも眉目に優れた娘がいると、平気で要求してくるようになっていたわけだが。

 まさに先日、ファラ自身がその被害に遭っている。


「彼らはわしらを保護してくれると約束してくれたが、どこまで当てにできるかわからぬ。それを確実なものにするためにも、お前には英雄様を籠絡してもらう必要があるのじゃ。なに、きっとお前ならできる。見たところ、若い娘には目が無いようじゃしのう」


 当人にとっては心外だろうが、彼の目からはそう映っていた。

 実際に何人もの若い女子を引き連れているのだから無理もない。


「……では、言ってまいります」


 決意を固めたファラは、件の中年男のために用意した寝室へ向けて歩き出し――


「ちょ、ちょっと待ちやがれ!」


 いきなり割り込んできた声に、足を止めた。


「ララ?」


 そこにいたのは、フーリアのもう一人の娘、ファラの妹のララだった。

 幼い頃から兎人族らしからぬ勝気な性格で、集落を飛び出していた彼女だが、数年ぶりに帰ってきていた。


「あ、姉貴っ、まさかあのおっさんに抱かれるつもりかよっ」

「なんじゃ。もしかして聞いておったのか? ……一族を捨てたお前には関係のないことじゃ」


 娘の問いに、フーリアはそっけなく返す。


「フラウのことはどうする気だよっ?」

「……」


 幼馴染みの婚約者のことを出されて、ファラが静かに眉を伏せる。


「……魔剣とやらに操られていたとはいえ、あやつは人間の国に攻め入った首謀者じゃ。諦めるしかない」


 きっぱりと断言するフーリア。

 それから娘の決意が揺らがない内にと、彼女を促した。


「さあ、ファラ。あの英雄様の元に行くのじゃ」

「……はい」


 ファラは再び歩き出す。

 しかし彼女の前にララが立ち塞がった。


「何の真似? そこをどい――」

「あ、アタシがやる……っ!」

「――え?」


 耳を疑う家族へ、ララははっきりと宣言したのだった。


「おっさんを籠絡する役目っ、姉貴の代わりにこのアタシがやってやるって言ってんだよっ!」

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