第20話 わしらに酷いことしない?

 魔剣の破壊に成功した後。


 俺たちはすぐに、クルシェの影に避難させていた都市の有力者たちに治療を施した。

 屋敷の地下で囮にされた人たちである。


 高齢の有力者の中には危うい状態の人もいたが、それもどうにか回復して、幸いなことに全員が無事だった。

 高価なポーションを惜しみなく使うことができたお陰でもある。


 ちなみにララも帰ってきた。

 アリアが見つけてくれたようだ。


 しかしあれから完全に俺を避けるようになったのだが……まぁ無理もない。

 彼女の名誉のためにも、あのことは早急に忘れることにしよう。


『それを忘れるなんてとんでもない!』


 とんでもないのはお前の思考だ。


「お、お願いですっ! ぼ、僕はどうなってもいい! だから……だからどうか、同族たちだけは……っ!」


 そう言って懇願してきたのは、魔剣の支配から解放され、すっかり気弱な青年に戻ったフラウである。

 さらにララが、


「あ、アタシからもお願いしたい。……たぶん、このままだと兎人族は大森林では暮らしていけねぇ……」


 あのとき俺が割って入らなければ、フラウは怒りを爆発させた獣人たちに嬲り殺されていたかもしれなかった。

 そうした獣人たちの様子から考えれば、今後、彼らの属する兎人族が他の獣人たちからどのような扱いを受けるのかは想像に難くない。


「セレス」

「はい」


 言葉に出さずとも、俺の言いたいことが分かったらしい。


「兎人族の方々が希望されるならば、しばらくわたくしたちレアス神殿が面倒を見ましょう」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ」

「ああっ、ありがとうございます……」






 数日後、俺たちは獣人の国バザに入り、兎人族の集落へとやってきていた。


「姉貴っ」

「っ? ララ……?」


 ララを見て目を丸くしたのは、彼女とよく似た美女だった。

 ただしララと違って、おっとりとした雰囲気がある。

 ララが姉貴と呼んだことからも、彼女が姉のファラなのだろう。


 故郷から出て以降、ララは一度も帰省したことがなかったらしく、姉と会うのは数年ぶりのことだそうだ。

 決して姉妹仲が悪かったわけではないようで、ララは姉を見つけるや駆け寄っていく。


「聞いたぜっ? 獣王に浚われちまったって! 大丈夫だったか!?」

「あなたの方こそ。ずっと心配していたのよ? ぜんぜん帰ってこないどころか、連絡も寄こさないから……」

「わ、悪ぃ……その、色々と忙しくって」


 バツが悪そうに言い訳するララ。


「おお、ララちゃん、生きていたのか」

「元気そうで何よりだのう」

「しかもまた一段と綺麗になって……。息子と結婚してやってくれくれないかねぇ」


 と、久しぶりに見た同族に頬を緩める兎人族たちだったが、


「に、人間じゃあ……っ!」

「ということは、フラウは負けて……」

「ひぇぇぇっ」


 その後ぞろぞろと現れた俺たちを前にすると、一瞬にして阿鼻叫喚となった。

 恐らく人間がここまで攻め込んできたと思ったのだろう。


 百人近くいる兎人族たちは、大人も子供も怯えながら逃げたり、木や建物の陰に隠れようとしたりしている。

 誰一人として抵抗しようとしないところが、兎人族の性格をよく表していた。


 その場から動かなかったのはファラくらいだ。

 ……その彼女もララの後ろに隠れているが。


「まさかここまで怯えられるなんて思わなかったわ」

「ぼ、ぼくも」

「兎人族として見れば、きっとララ殿はあれで勇敢な方なのだろう」


 もちろん俺たちは彼らを保護するためにきたのだった。

 セレスが呼びかける。


「安心してください。あなたたちを捕えにきたわけではありません」


 こういうのは俺みたいなおっさんより女性の方がいいだろう。

 彼女に任せたのが功を奏したのか、家の陰から恐る恐るといった様子で顔が出てきた。


「そ、それはほんとかの?」


 初老の兎人族だ。

 ダンディーな顔つきながら、可愛らしいウサ耳がついているため違和感が激しい。


「はい」

「わしらに酷いことしない?」

「もちろんです」

「わしらを食べたりしない?」

「神々に誓って。……失礼ですが、あなたは?」

「ぞ、族長のフーリアですじゃ」


 族長だったらしい。


 それからセレスは現在の状況を彼らに伝え、レアス神殿での保護を提案した。

 族長のフーリアは話を聞き終えると、神妙な顔をして、


「……ほいほい付いていったら奴隷として売り飛ばされちゃったりとか?」

「しませんって!」


 ……今までよほど辛い目に遭ってきたのかもしれない。


「親父……」


 ララが恥ずかしそうにしている。

 てか、ララの父親なのかよ。


「いや、すいません。どうしても怖ろしいことばかり伝え聞いておっての……」


 どうやら彼ら兎人族は、過去に人間から様々な酷い扱いを受けてきたらしい。

 現在、他の獣人種に搾取されながらも、この国から逃げようとしなかったのは、そうした話を代々伝え聞かされてきたことも大きな理由のようだ。


 人間の国で生きるよりは、今の方が遥かにマシ。

 そう信じていたという。


『兎人族はその見た目から、愛玩用の奴隷として人気じゃったからのう』


 と、ウェヌス。


「心配は要りません。レアス神殿は奴隷を禁じていますし、現在ではセントグラでも違法に獣人種を売買するような行為は厳しく取り締まられています」

「安心しろ、親父。アタシだって普通に暮らせてんだからよ」

「ララ……そうか……。わしはてっきり、お前が毎日のように醜い中年貴族に辱められているとばかり……」

「どんな酷ぇ想像してたんだよ!?」

「ほら、お父さん、わたしの言った通りじゃない。ララは幸が薄いように見えて、実は何だかんだで運がいいから、きっと人格的な貴族に飼われているだろうって」

「そもそも飼われてなんかねぇ!」


 ララの説得もあって、フーリアはようやく納得した。


「故郷を離れるのは辛いが、これも一族のため。どうかよろしくお願いします」

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