第19話 早まっちゃダメよ

 ウェヌスの刃がララを両断する寸前、彼女の身体を覆うように結界が出現した。

 もちろんセレスの結界だ。


 俺の剣は結界に護られた彼女を、背後のゴーレムだけを斬り裂く。


『任意の攻撃だけを通過させる結界です!』

『助かった!』


 獣王が破れて、さらには謎のゴーレムが出現するという事態を前に、獣人たちが判断を迷って立ち尽くしてくれているお陰で、セレスの協力を得ることができたのだ。


 剣先がゴーレムの瓦礫の寄せ集めの身体を通過する途中、


「〈衝撃刃(ブレイドインパクト)〉ッ!」


 内側から衝撃波を炸裂させることで、ゴーレムは爆散。

 再び瓦礫となって四方に破片の雨が降る。


「ひぁっ?」

「ララ!」

「っ!?」


 空中に投げ出されたララを慌ててキャッチする。


『んな手を隠してやがったなんてよォッ!』


 剥き出しになった魔剣は悪態を吐きながら宙を舞っていた。

 どうやら周囲の空気を操り、自身を持ち上げているらしい。

 そのまま空へと逃げていこうとしている。


『随分と悪あがきが好きな魔剣じゃのう』


 ウェヌスが鼻を鳴らしたとき、魔剣目がけて幾つもの矢が飛んでいった。


「射ち落してくれる」


 リューナが放った矢だ。

 それらはフラフラと空を飛ぶ魔剣をいったん追い越してさらに上空まで進むと、そこでUターンして降ってきた。


『くそったれがァァァっ!』


 矢の雨を受けた魔剣はあえなく地上へと落下してくる。

 そこに待ち構えていたのはアリアだ。


「この魔剣、鋳潰せるかしら?」


 紅姫から燃え上がった炎が魔剣を包み込む。


『ギィヤアアアアアアアッ!』

「効いているみたいね」

『やめろォォォッ!? 溶けるッ!? 溶けちまうッ! ギャアアアアッ!』


 しばらくの間、魔剣の耳障りな絶叫が響き続けていたが、やがてその音が途切れた。

 そこに残っていたのは、もはや剣の形を成していない液体金属だった。


「どうにか倒せたようだな。……ん?」


 そこで左腕の辺りがやけに湿っぽいことに気づく。


 俺はララを抱きかかえたままだった。

 落下してきた彼女を受け止めるため都合がよかったため、いわゆるお姫様抱っこのような形になっているのだが、左腕は彼女のお尻のすぐ下あたりを支えていて――


「~~~~~~っ」


 ララが顔を真っ青にして、ぷるぷると震えていた。

 目の端には涙が溜まっている。


「お、おい、ララ? どうした? 大丈夫か? ……ララ?」

「うああああああああああああっ!」


 いきなり叫び声を上げたかと思うと、俺を押し退けるように飛び降りて脱兎のごとく逃げていく。


「……どうしたんだ?」


 訝しがりながら、俺は湿った左腕に鼻を近づけてみる。


「っ! これは……」


 ……うん。

 彼女の名誉のために気づかなかったことにしよう。

 敵を欺くためだったとはいえ、彼女をビビらせてしまったせいだろうしな。


 と思っていると、


『うひょおおおおっ! せいすい! 美少女のせいすいじゃああああっ! よし、ぺろぺろするのじゃ!』

「しねぇよっ!」

『なぜじゃ!?』

「てか、せいすいって何だよ!?」

『貴い液体じゃからに決まっておる! それをかけてもらえるなど、我々の業界ではむしろご褒美じゃぞ!』


 どこの業界だよ、それ……。


「ももも、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁっ!」


 そのとき大きな謝罪の声が聞こえてきた。

 見ると、フラウが五体投地で頭を下げていた。


 右腕はすでにくっついていて、ちゃんと動くようだ。

 切断面の組織が破壊されないよう、かなり綺麗に斬ってやったからな。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいぃぃぃっ!」


 しかしまるでさっきまでとは別人だぞ?


『うむ。魔剣の支配から逃れて正気を取り戻したようじゃな。魔剣には持ち主の精神を侵し、欲望を増幅させる力もあるからの』


 じゃあ、あれが彼の本来の性格なのか……。

 ララが言っていた通り、自分から争いを仕掛けるようには思えない。


 自分たちのボスの突然の変わりように、獣人たちは最初こそ戸惑っていたが、


「……謝って許されると思ってんのかよ?」

「俺たちを無理やり戦場に駆り立てやがって……」

「兎人族の分際で……」


 ちらほらとそんな声が上がり始めると、一気に青年に対する怒りの感情が伝播していく。

 今にも襲い掛かりそうな勢いだ。


 俺は彼らの前に立ちはだかる。


「誰の命令だろうが、お前たちが人の都市を荒らしたことは変わらない。それでもまだ暴れ足りないというのなら、この俺が相手になってやるぞ?」


 ウェヌスを構えて睨みを利かせると、獣人たちは息を呑んで後ずさった。

 先ほど戦う様子を見ていたからだろう、どうやら挑んでくる者はいなさそうだ。




    ◇ ◇ ◇




「ララ、大丈夫かしら」


 アリアは逃げたララを探していた。

 あのまま放っておくのは心配だったので、後のことは皆に任せて追い駆けてきたのだ。

 すでに獣人たちは戦意を失っているようだったし、自分が居なくても心配ないだろう。


「わう!」

「こっちね?」


 お供にクウを連れてきていた。

 匂いを辿ってくれているのだ。


 やがて都市のランドマークとも言える時計台に辿りついた。

 こんなところに? と思いながら中に入ると、どうやら上に登ることができるらしく階段があった。


 階段を上り切った先は展望台になっていた。

 そこで彼女の姿を発見する。


「って、早まっちゃダメよ!?」


 アリアは慌てて叫んだ。

 というのも、ララが今にも飛び降りようとしていたからだ。


 彼女はアリアに気づいて一瞬驚いたようだったが、


「う、うるせぇ! こっち来んなぁっ! アタシは死ぬ! 死んでやるぅぅぅっ!」


 自棄になったように声を荒らげるその姿を見て、生半可な説得では難しいとアリアは悟る。

 だからこう訴えた。

 ルーカス、ごめんなさい……と内心で謝罪しながら、



「大丈夫よ! だって彼、女の子が出すところを見て喜ぶタイプだからっ!」



 もちろん大嘘である。


「ほ、本当か……?」


 ……しかしどうやら効果覿面だったようだ。

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