第18話 どう考えても我は知性に溢れておるじゃろうが

 互いに激突し、その衝撃で停止した瓦礫製の拳を、俺はすかさず身を転じてウェヌスで斬り裂いた。

 さすがに迫ってくるところを斬るのは難しいが、止まっていればこれくらいは容易い。


 拳がバラバラになって元の瓦礫に戻った。

 まぁ何度でも作り出せるはずなので、あまり意味はないだろうが。


「なっ……斬った、だと……?」

『ふん。ただの瓦礫の塊ごとき、この我に斬れぬとでも思ったか』


 やったのは俺だぞ?


 唖然としているフラウへ、俺は一気に間合いを詰めた。

〈森羅万掌〉なる能力を持った魔剣を相手にするのに、やはり距離を取るのは得策ではない。


「く、くそぉっ!」


 地面が盛り上がり、俺の接近を阻む壁を作り上げようとする。

 だが遅い。

 先ほどの拳の際にも思ったが、どうやら操作の速度は決して速くないらしい。


 俺は壁ができあがる前にそれを飛び越えていた。


「くっ!?」


 一気に肉薄する。


 ――もらった。


 そう確信した次の瞬間、正面から凄まじい暴風が吹いた。


「っ!」


 吹き飛ばされ、再びフラウとの距離が開く。


「……なるほど。重い物は動かすのに時間がかかるが、空気のような軽いものだと今みたいに瞬間的に動かすことができるのか」

「は、ははははっ! その通りさ……っ!」


 フラウは明らかにホッとした様子だ。


「これで君は僕に近づくことすらできない!」

「それはどうかな?」


 懲りずに俺は正面から向かっていった。


「無駄だっ!」


 フラウが再度、空気を操って風を巻き起こす。

 迫りくる暴風に対して、俺はウェヌスを思いきり振り下ろした。


 風が両断される。


「なにっ!?」


 吹きつけてくる風が左右に分かれて、俺の両脇をすり抜けていく。


「あの瓦礫の塊を斬れるんだ。これくらいの風、斬れないはずがないだろう?」

「こ、このっ!」


 ついに接近することに成功すると、フラウは我武者羅に魔剣を振り回してくる。

 ただの悪あがきだ。

 あっさりと受け流して、フラウの体勢を崩す。


「悪く思うなよ」


 ザンッ!


 フラウの右腕が宙を舞った。

 魔剣を切り離すため、腕ごと斬り飛ばしたのだ。


『ああいう魔剣はほとんど手と同化しておることも多いからの。その方が早いのじゃ』


 そのウェヌスの言葉を証明するように、フラウの右腕は魔剣を手放さなかった。

 一緒にくるくると空中を飛び、瓦礫の上に落下する。


「……あああああああああああああああっ!?」


 フラウが悲鳴を轟かせた。

 先を失った右肩から盛大に血が噴き出す。


「お、おい、獣王が……」

「負けた……?」

「マジかよ……やべぇぞっ」


 フラウの叫び声を聞いて、集まっていた獣人たちに動揺が走る。


 忠義の心があるかどうかはともかく、魔剣を持つ獣王の力があったからこそ、彼らは人間の国に攻めてきたし、この都市を落とすことができたのだ。

 そのリーダーを失えばどうなるか、想像できないはずもない。


「う、腕がぁぁぁっ!? 痛いっ! 死ぬっ! 助けてっ! あああああっ!?」


 肩を押えて泣き叫ぶフラウ。

 這うようにして、地面に落ちた自分の右腕へと近づいていく。


「は、早く治療しねぇと!」


 そのときフラウの右腕の下へ真っ先に駆け寄ったのは、ララだった。


『む! マズイぞ!』


 直後、魔剣の周囲の瓦礫が独りでに動き出した。

 魔剣を取り囲むように集合し、巨大な塊と化していく。

 さらにはそこから腕、そして脚が生えてきたかと思うと、その二本脚で屹立する。


 現れたのは瓦礫でできたゴーレムだった。


「なっ!」

「ララっ!」


 そのゴーレムは太い腕ですぐ間近にいたララの腰を掴み、持ち上げた。


「くそっ!? 離しやがれっ!」


 じたばたと暴れるララだが、ゴーレムの方はビクともしない。

 ゴーレムの頭部に当たる部分から魔剣が生えてくる。


『ヒハハハッ、この女がどうなってもいいのかァ?』


 ……しゃべった?


「こいにつもどっかのエロ剣みたいに知性があるのか……?」


 まぁ、あれを知性と呼ぶのは違和感があるが。


『これ! どう考えても我は知性に溢れておるじゃろうが!』


 とは、あくまで本人談である。


 魔剣が操るゴーレムが、ララを拘束しながら後ずさっていく。


「逃げるつもりか?」

『ヒハハハッ! もちろん、ここは退かせてもらうぜェ。宿主がその状態じゃ、さすがに勝ち目はねぇしよォ』


 耳障りな笑い声とともに、魔剣が撤退を宣言する。

 それを聞いて、痛みに呻いていたフラウが目を見開いた。


「ま、待てっ……ぼ、僕はどうなるんだっ……?」

「こら、しゃべっちゃダメだよ!」


 クルシェが切断された右腕を拾って、ポーションをかけながら治療を始めようとしていた。

 それでもフラウは、血を失って青白い顔をしながら縋るように魔剣へ訴える。


「お、お前の力がっ……僕には必要なんだっ……」

『どうせお前はもう終いだろ? あとは首謀者として捕えられて処刑されるだけだ。残念だがコンビ解消だぜ、元相棒』

「そ、そんなっ……」

『それにオレの方は新しい宿主を見つけたしよォ』


 それはもしかしてララのことか?


『ヒャハハハッ! じゃあなァ!』


 魔剣はゴーレムの身体を操り、逃げていこうとする。


「させるかよっ!」


 俺は後を追う。

 幸い、ゴーレムの動きは速くない。

 その背中へ、斬撃を叩き込もうとしたが、


「ひゃっ!?」


 ゴーレムがララを盾にしてくる。

 顔を引き攣らせた彼女を前に、俺は慌てて剣を止め――――ずに、そのまま渾身の力で振り下ろした。


『なァッ!? この女を殺す気かァァァッ!?』

「ぎゃあああああああっ!?」


 魔剣とララの悲鳴が耳をつんざいた。

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