第17話 剣の腕は素人以下だ

 ざっと見、百人以上はいるだろう。

 しかも俺たちは完全に取り囲まれてしまっていた。


 この屋敷は高所に位置しており、街のどこからでも見ることができる。

 それが盛大に崩壊したとあっては、街の各所に散らばっていた獣人たちが集まってきたとしてもおかしくない。


「あははははっ、これだけの獣人を相手にどう戦うのかな、神剣の英雄サマ?」


 魔剣を手にした兎人族の青年フラウが、嘲弄の笑みを浮かべて訊いてくる。


「だけど安心していいよ。彼らに手は出させないから。……最弱種の一つだった兎人族の僕が獣王になったことが認められないのか、まだちょっと反抗的な者たちも多くてねぇ。ここで僕が英雄を圧倒するところを見せて、力の差を改めて理解させておこうと思ってさ!」


 わざわざそんな事情を説明してくれるフラウだが、俺はふと違和感を覚える。

 その獣人にしては華奢な身体が、一回り膨れ上がったような錯覚を抱いたのだ。


『いや、錯覚などではない。確かに大きくなっておるぞ』


 ウェヌスに言われて改めて注視してみる。


 さっきまでより筋肉が付いているのか……?


「あれも魔剣の能力か」

「気づいたようだねぇ? この魔剣の能力は何も屋敷を破壊するだけじゃない。――〈森羅万掌〉。ありとあらゆるものを自分の思い通りに操る能力なのさ。そして当然、人間の身体も例外じゃない」


 つまり簡単に言えば、自身の身体能力を強化したということか。


「今の僕の肉体は、もはや最弱種のそれじゃない。……誰よりも速く、そして強い!」


 次の瞬間、フラウが地面を蹴った。

 速っ!?

 その凄まじい脚力で足元の瓦礫を粉砕させながら、一瞬のうちに彼我の距離を詰めてくる。


「はははははっ! 今なら猟豹族にすら勝てるだろう!」


 魔剣を振り下ろしてくるフラウに対し、俺は咄嗟にウェヌスで防御。


「くっ!?」


 吹っ飛ばされた。

 なんて力だよっ!?


「しかもパワーでは大猿族をも凌駕している!」


 瓦礫の上を数メートルも転がった俺は、どうにか立ち上がった。

 だがそのときにはもう、再びフラウが目の前まで迫ってきている。


「ルーカス!」

「おっと! 嬢ちゃんたちが加勢するって言うなら、俺たちも動かざるを得ないぜ?」


 百人もの獣人たちに牽制され、アリアたちは動けない。

 さらに予想していた通り、続々と獣人が集まってきていた。


 魔剣の斬撃が迫る。

 俺はやはりそれを神剣で受けた。


「く……っ!」


 今度は腰を落としてどうにか吹き飛ばされることなく耐えたが、全身があまりの衝撃で砕けそうだ。


「あははははっ! いつまで耐え切れるかなぁっ!」


 フラウが次々と斬撃を繰り出してくる。

 どうにか受け止めるが、その度に身体中に大きなダメージが蓄積していく。


「……なるほど。確かに身体能力は凄まじい。だが、剣の腕は素人以下だ」

「はははっ! 敵わないから言葉で動揺させようなんて、随分と浅はかな作戦だねぇ!」

「今のは本当のことだぞ」


 剣速や剣威は脅威だが、剣筋は出鱈目で無駄も隙も多い。

 恐らく今までほとんど剣を振ったことなどなかったのだろう。


 よし、ここだ。

 フラウが放つ斬撃を見極め、俺は全身を使いながら刀身で受け流した。

 火花を散らして金属音を響かせた後、俺の身体の脇へと逸れた魔剣が空を斬る。


「っ!?」


 目を剥くフラウはバランスを崩してよろめく。

 受け流されてこうもあっさり体勢を崩してしまうのも、まさにド素人ゆえだ。


 無防備な身体を晒すフラウの鳩尾へ、俺は蹴りを叩き込んだ。


「ぐべっ!?」


 そんな悲鳴を上げて吹き飛ぶ。

 すぐに起き上ったフラウは、憤りを露わに叫んだ。


「くっ……い、今のはマグレだっ! そう何度も偶然は続かないぞっ!」


 動揺はしているようだが、蹴りのダメージなどなかったかのような動きで、再び魔剣を手に躍りかかってくる。


「無駄だ。さっきのはマグレでも何でもない」


 言いながら俺はもう一度フラウの魔剣を受け流してやった。

 目が慣れるまで少し時間がかかってしまったが、素人相手の剣を捌くくらい簡単だ。


 たたらを踏むフラウへ、今度はその側頭部へ蹴りを見舞った。


「がぁっ!?」


 ……普通ならこれで脳震盪を起こしてしばらくは立てなくなるはずなのだが。


 血を吐くような声で地面に引っくり返ったフラウだったが、またもすぐに立ち上がっていた。


「タフさまで上がっているのか」

『ルーカスよ、狙うならあやつの持つ魔剣の方じゃ。あれを破壊せねば、幾らでも向かってくるじゃろう』


 けどあの剣、そう簡単には破壊できそうにないぞ?

 かなり強力な魔剣だけあって、強度も並大抵ではなさそうだった。


「……なるほど、どうやら剣での勝負を挑んだのは間違いだったみたいだねぇ」


 冷静さを取り戻したのか、今度は距離を取ってくる。


 そのとき俺の周囲の瓦礫が蠢き、何らかの形を作り出す。

 気づけば俺を取り囲むように、四本の巨大な拳が地面から生えていた。


「あはははっ! 蛙のように潰れてしまえ!」


 拳が一斉に殴り掛かってきた。


「なっ?」


 フラウが息を呑んだのは、次の瞬間にはそれらの拳がすべて俺に受け流されていたからだ。

 拳同士がぶつかって、大きな音を響かせた。


「う、受け流した……?」

「まぁ剣以外のものでも要領は同じだからな」

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