第15話 久しぶりだねぇ

 要塞都市を治める領主の屋敷は、市街でも最も高所に位置していた。


 屋敷というより、ほとんど砦と言っても過言ではない。

 都市を囲う城壁ほどの高さはないものの、周囲は分厚い壁で護られている。

 万一市街を制圧されたときには、ここに籠城できるように作られているのだろう。


 ……結局、ここも獣人たちに落とされてしまったわけだが。


 幸い、壁は乗り越えることができた。

 隠蔽結界で姿を隠しながら、俺たちは屋敷内への侵入を果たす。


「……変ですね」

「ああ」


 すぐに異変に気づく。

 あまりにも辺りが静寂に包まれているのだ。

 獣人たちの姿も見えない。


 建物内に入ってもそれは変わらなかった。


「本当にここに獣王がいるのかしら?」

「締め上げた獣人たちは確かにそう言ってたよね。もしかして嘘を吐かれたってこと?」

「あるいは彼らも知らされていなかったのかもしれない」


 わざわざそこまでする必要があるとは思えないが……。


「ともかく、もう少し調べてみましょう」


 屋敷はかなり広い。

 隠れる意図が分からないが、もし身を潜めるとしたら場所は幾らでもありそうだ。


「っ!」


 と、そこでララが何かを聴き取ったのか、ウサ耳をピクピクと震わせた。


「何か聞こえたのか?」

「……人の呻き声? みてぇなのが……」

「本当か?」


 生憎と俺にはまったく聞こえなかった。

 アリアたちも首を左右に振っている。


 だが兎人族のララは人間の何倍もの聴力を持っている。

 その彼女が言うのだから信憑性は高い。


 それから彼女の耳を頼りに、俺たちは屋敷内を進んでいく。

 やがて発見したのは、地下へ続くと思しき階段だった。


「この下から?」

「ああ、間違いねぇ。少なくとも誰かいるはずだ」

「……行こう」


 意を決し、俺たちは階段を降りていく。


「ここは……牢屋か?」


 左右に並ぶのは鉄格子で遮られた部屋。

 どうやら牢屋らしい。

 だが牢の中に捕らわれている人はいないようだ。


 いや、廊下の先に扉がある。

 ララが頷く。

 恐らくあの向こうに誰かがいるのだろう。


 最大の警戒をしつつ、俺たちはその扉を開いた。


「……っ!」


 そこにはとても地下とは思えないくらい、広い空間があった。

 しかも壁や床が不自然なくらい綺麗で、まるでだ。


 だがそれ以上に俺たちを驚かせたのは、部屋の中に乱立する柱と、そこに縛り付けられている人たちだった。


「うぅ……」

「……痛い……誰か……」


 全部で二十人ほど。

 中には青い顔で苦しげな呻き声を漏らしている人もいる。

 よく見ると、手や足に釘のようなものを打ち付けられていた。


「神官長……! それに領主様もっ……」


 セレスが慌てて駆け寄っていく。

 どうやらあの中に神殿の神官長や、この都市の領主がいるらしい。

 年齢層が高いことから、彼らはこの都市の有力者たちなのかもしれない。


 俺たちもすぐにセレスの後を追い、捕らわれた人たちの下へ。


「クルシェ、ポーションを!」

「う、うんっ!」


 影の中からポーションを取り出すクルシェ。

 そのとき、こちらに気づいた何人かが慌てた様子で叫んだ。


「だ、ダメだ! これは罠だ……っ!」

「早く逃げなさい……!」


 直後、壁や天井に一瞬にして無数の亀裂が走った。


「な……っ!?」


 戦慄する。

 起こったのは崩落だった。


 ようやく敵が仕掛けた罠を察するも、時すでに遅し。

 この地下空間ごと俺たちを押し潰さんと、超重量の物体が迫ってきた。




    ◇ ◇ ◇




 気づくとララは外にいた。


「や、屋敷が……」


 愕然とする。

 まさに砦のような威容を誇っていた領主の居城が、見るも無残な瓦礫の山へと変わり果てていたのである。


「なんで、アタシはここに……?」


 確か、地下で崩落に巻き込まれたはずだった。

 ここで自分の人生も終わりかと、頭を抱えて蹲ったところまでは覚えているのだが……


「久しぶりだねぇ、ララちゃん」

「っ!? て、テメェは……!」


 背後からの声にビクッと肩を震わせ、慌てて後ろを振り返る。

 するとそこにいたのは、ララと同じ兎の耳を生やした獣人の青年だった。


「フラウ!?」


 ララも良く知る兎人族の青年は、しかし以前とは似ても似つかない笑みを顔に張り付けていた。


 幼馴染みを前に、ララは咄嗟に身構える。

 まだ半信半疑ではあったが、彼こそが、獅子族を打ち倒して獣王の座を奪い、この侵略戦争の発端となった元凶なのだ。


「まさか、こんなところで再会できるとは思わなかったよ。しかし危うく君まで潰してしまうところだった。咄嗟に気づいて、君だけを保護したのさ」

「っ……! じゃあ、これはテメェの仕業なのか……っ?」

「もちろんその通りさ。なかなかに派手で、英雄様に相応しい墓標だっただろう?」


 悪びれる素振りは一切なく、フラウは薄笑いとともに応える。


「そん、な……」


 無意識の内に考えないようにしていたことを突きつけられて、ララは自分が思っていた以上に強いショックを覚えた。

 全身から血の気が引いていき、足がふらつく。


「どうだい、凄いだろう、ララちゃん? 僕はね、この世界の支配者になれる力を手に入れたんだ!」


 そんなララの内心など無視して、フラウは勝ち誇った表情で笑いかける。


「君は言っていたよね? 兎人族は戦う力を持つべきだって。理不尽に抗うべきだって。まさにその通りだったよ! ……ファラをレオンに奪われたとき、僕は自分の無力を痛感したのさ。そして呪った。自分の弱さを。そんなとき、こいつを手に入れたのさ」


 フラウが掲げて見せたのは、一本の剣だった。


「っ……魔剣……」

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