第14話 つまり似た者同士ということじゃな

「……俺たちだけで城に攻め込もう」


 俺は皆の顔を見渡しながら告げた。


 捕えた獣人たちを締め上げて、都市の現状について大よそのことを知ることができた。

 どうやらここでも獣人たちはあまり統率されておらず、だからこそ、かなり好き放題やっているらしい。

 それぞれの獣人種が都市を分割して縄張りを築いているため、その場所によって差があるようだが。


 当初は斥候的な役割に留めるつもりだった。

 だがこのまま軍が来るまで放置していては、その間にさらなる悲劇が積み重なっていくだろう。

 この神殿の地下に身を隠していた彼女たちも、俺たちが来なければ今頃は猪人族たちの慰み者にされていたに違いない。


 もちろん正面から攻め入るつもりはないし、普通の獣人たちを相手にする気もない。

 狙いは獣王と、恐らく彼が持つとされる魔剣だけだ。


 レオンによれば、獣人たちは獣王フラウに命じられ、半ば強制的に今回の戦いに参加させられたというが、要塞都市での快勝もあって獣王に対する評価が大きく変わったそうだ。

 今は「この獣王がいれば本当に人間の国を支配できるんじゃないか」という期待感が膨れ上がっているという。


 逆に言えば、その獣王が撃破されれば、獣人たちは戦意を失うということ。

 彼らも愚かではない。

 獣王の力がなければ、数で大きく劣る自分たちが人間の大国を相手にして勝てるとは思わないだろう。


「力を貸してくれるか? って、訊くまでもないよな」

「もちろんよ」

「当然!」

「ルーカス殿が行かれるところ、たとえそれが火の中水の中であろうとお供する決意がある」

「わたくしもです」


 と、そんなふうに決意を確認し合っていると、女性神官のバルバラが驚いた顔で、


「……セレスさん、幾らあなたが聖騎士になったといっても、さすがにそれは無謀です。獣王は、たったあれだけの数の獣人を率いて、この要塞都市を落としてしまったほどなのです。あなた方だけで太刀打ちできるはずがありません。応援が来るのを待つべきでしょう」

「ですがそれには早くともあと二、三日はかかります。住民たちが虐げられているというのに、指を咥えて待ってはいられません」


 それに大人数での戦闘になれば、当然それだけ犠牲者も増える。

 元凶だけを狙い撃ち、戦いを終わらすことができるというなら、危険を冒すだけの価値はあるはずだ。


「ですが、こんな女性ばかりのパーティでは……。それに……」


 バルバラは俺の顔を見て、何か言いたげな様子ながらもお茶を濁した。


 ……どうせ俺は大して強くなさそうですよ。


「心配されないでください、バルバラ先生。何を隠そう、こちらのルーカス様こそが神剣の英雄なのです」

「この方が神剣の……っ?」


 レアス神殿の支殿だけあって、どうやらここにもその情報が伝わってきているらしい。


「こ、これはとんだ御無礼を!」

「いや、頭を上げてくれ。ただ偶然選ばれたってだけで、俺は別に大して偉い人間じゃない」


 その神剣も中身は単なるエロ親父だ。


『つまり似た者同士ということじゃな』


 俺をお前と一緒にするんじゃない。


「任せてください、バルバラ先生。きっとこの都市を取り戻してみせますので」


 捕えた獣人二人を縄でしっかり拘束してから、俺たちは地下室を出た。


「よいしょっと!」


 壊された扉の代わりに、クルシェがその怪力を発揮して大型の家具などで地下への入り口を塞ぐ。

 もし俺たちに何かあったら外に出ることができなくなってしまうのだが、それでも構わないとのことだった。


「先生、必ず戻ってきますので」

「気をつけてください。……無理はなさらないように」


 さらに、神殿内のあちこちに魔物の嗅覚を狂わす特殊な香水を振りかけておいた。

 これで獣人の鼻も利かないはず。


 セレスの隠蔽結界で姿を隠しながら、俺たちは神殿を出た。

 目指すは獣王がいるという領主の城だ。


 要塞都市の中心に建てられたその城は、有事の際に住民が避難し、内部に籠城することができるように、かなり堅固に作られているという。




    ◇ ◇ ◇




 領主の城・謁見の間。


 華美で絢爛な王宮のそれとは違い、北方を守護する領主のものに相応しい武骨なその空間の最奥で、重厚な椅子に腰かける兎人族の青年――フラウは、ある異変を察して、ぴくりとその耳を動かした。


「……どうやら虫が侵入してきたようだね」


 信じがたいことに、彼はこの場に居ながら、都市内の状況を手に取るように把握していた。

 もちろん彼が手にする魔剣の力によるものだった。


【固有能力】――〈森羅万掌〉


 あらゆるモノを自在に操ることを可能にするこの能力を応用すれば、地形や建物の構造、さらには生物の動きなどを察知することもできるのである。

 意識を集中させれば、遠く離れた場所で交される微かな会話すらも聴き取ることができた。


 ただしそれは、兎人族の高度な聴覚もあってこその芸当ではあるが。


「神剣の英雄、か……。くく、むしろ好都合じゃないか。つまりそいつを倒せば、僕が最強だと証明され、しかも人間たちの希望を潰すことができるということだ」


 フラウは口端を吊り上げて嗤う。

 そのふてぶてしい態度からは、自身の敗北など露ほどにも想定してはいないことが窺えた。


「せっかく向こうからわざわざ来てくれるんだ。最高のおもてなしができるよう、しっかり準備しておかないとねぇ」

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