第13話 即刻立ち去りなさい

「私たち、いつになったら外に出られるのかな……?」

「祈りなさい。そうすればきっと、女神様が助けてくださいます」

「……うん」


 要塞都市メレル内にある神殿。その地下室。

 獣人が都市に攻め込んできたと知ったとき、所属する女性の神官やその見習いの少年少女たちは、すぐさま地下に設けられたこの部屋へと避難することになった。


 必ず助けがくるはずです。

 それまではここに隠れていなさい。


 彼女たちに指示を出した高齢の神官長はそう優しく微笑んでから、地下への唯一の入り口を閉じた。


 それからおよそ二日が経った。

 一向に助けがくる気配はなく。

 外の様子も分からない。


 幸い水や食糧の備蓄があったため、最低でもあと一週間は籠っていられるだろう。

 しかし何もすることのないこの狭苦しい部屋に押し込められ続けたことで、皆、明らかに疲弊していた。


 ――いえ、こうして身を隠していられるだけでも、私たちは幸運でしょう。


 そう内心で思うのは、この中で最年長の女神官・バルバラだった。


 もしあのとき神官長が素早く地下室への避難を呼びかけていなければ、獣人たちに見つかっていたことだろう。

 そしてその後に辿ったのは恐らく、神官である彼女たちにとって最悪の運命だったはずだ。


 ここ地下室への入り口は外からでは判別できない作りをしているため、地下に居ればまず見つかることはない。

 お陰で悲劇を回避することができたのだ。


 しかし果たして、いつまで隠れ続けることができるだろうか。


 この要塞都市が獣人たちの手で陥落させられたのだとすれば、一週間かそこらで取り戻すことができるとは思えない。


「……確かに、私たちにできるのは祈ることだけですね」


 と、バルバラが呟いた、まさにそのときだった。


 ガンガン、という音が響いた。

 扉の方からだ。


「何の音かしら……?」


 緊張が走る中、バルバラは恐る恐る地下と地上を繋ぐ階段を上がり、扉へと近づいていく。

 すると向こう側から微かに話し声が聞こえてきた。


「おい、この下、空洞になってるぞ」

「マジか? 地下室か何かか?」

「だろうな。繋ぎ目に合せることで一見、扉だと分からねぇようにしてあるが、恐らくここ開くぜ」

「じゃあ、この下に隠れてやがるってことか?」

「可能性は高いぜ」


 見つかってしまった!

 バルバラの全身を戦慄が走る。


「この辺りからずっと女の香ばしい匂いがしてっから、たぶんどっかに隠れてやがるとは思ってたけどよ」

「さすが、猪人族一の嗅覚は伊達じゃねぇな」

「へっ」


 ――まさか、匂いで……?


 地下室には当然ながら空気孔が設けられている。

 恐らくそこから出てくる微かな匂いにより、隠れている人間がいることを察したのだろう。


「しかしどうやって開けるんだ?」

「んな面倒なことする必要はねぇ。ぶっ壊してやろうぜ」


 ドンッ、ドンッ、という激しい殴打音が響いてくる。

 木製の扉がミシミシと軋む。


「ひっ……」

「だ、大丈夫ですっ……頑丈な木材でできてますので、簡単に壊れは……」


 バルバラがそう皆に言い聞かせようとしたとき、一際大きな音とともに最後の頼りだった扉が呆気なく崩壊した。

 木片が四散する中、二人の獣人が地下へと降りてくる。


 猪の獣人たちだった。

 どちらも屈強な体格の持ち主。

 ここにいる非力な女子供だけでは、たとえ全員でかかったとしても間違いなく敵わないだろう。


「ビンゴ」

「へへっ、若い女もいるじゃねぇか!」


 地下室の奥で身を寄せ合って震える女子供を検分しながら、そんな会話を交す二人組。

 そんな彼らの前へ、バルバラは決死の覚悟で立ちはだかった。


「こ、ここは神々を祀る神聖な場所ですっ! あなた方のような罪深き者たちの立ち入りは禁じられています! 神罰を受けたくなければ即刻立ち去りなさい!」


 そんな彼女の脅しを、獣人たちは鼻を鳴らして嘲笑った。


「ひゃははっ! 神罰だってよ! できるもんならやってみろや!」

「どけや、クソババア。てめぇには要はねぇんだよ」


 獣人の一方が近づいてきて、その腕を横に薙ぐように振るった。

 さすがに本気ではないだろうが、その太くて重い拳をまともに受ければ、華奢な体躯のバルバラなど一溜りもない。なにせあの扉を破壊してしまったほどなのだ。

 背後から悲鳴が上がった。


 がんっ!


 獣人が振るった腕はしかし、何かにぶつかって弾かれる。


「っ!?」

「おい、何やってんだ?」

「い、いや……なんかここに壁みてぇなのが……」

「あ? 何もねぇじゃ――いだっ?」


 目を細めてみれば、微かに見ることができた。二人とバルバラの間を阻むように、透明な膜のようなものが空間を切り取っていて――


「安心してください、バルバラ先生。もう大丈夫です」

「っ? せ、セレスさんっ?」




   ◇ ◇ ◇




 無事に都市内への潜入を果たした俺たちが向かったのは、レアス神殿の系列とされる神殿だった。

 というのも、


「実はわたくし、この神殿に併設された孤児院で育ちまして……」


 ここは彼女にとって大切な場所なのだった。

 世話になった人たちも多く、真っ先に安否を確かめようとするのは当然だろう。


「バルバラ先生は神官を務める傍ら、孤児院の院長も兼任していらっしゃったんです。……それにしても、ご無事でよかったです、先生」

「セレスさん、あなたこそ、こんなときによく戻って来てくださいました」


 バルバラは四十がらみの女性神官だ。

 彼女は獣人の襲撃を受けたとき、女性や子供たちとともに咄嗟に地下室に隠れて、どうにか今まで見つからずにいたのだという。


「神官長は……」

「……分かりません。あのとき神官長は外に残りましたので……」


 地下室に避難することができなかった人たちがどうなったのかは分からないそうだ。


「そう、ですか……」


 残念そうに頷いてから、セレスは捕縛されて床に転がっている獣人二人組へと視線を転じた。


「とりあえず、彼らから可能な限りの情報を絞り出しましょう」

「「ひぃっ!」」

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