第12話 一度辱められた身体だ

「だから、そんな気はないって言ってるだろ」

「な、何でだよっ!?」


 領主の屋敷。

 一晩貸してもらうことになった部屋で、俺はララと言い合っていた。


「テメェは相手が十代の少女だったら、見境なく抱いちまう変態じゃねぇのかよっ?」

「おい」


 いい加減、この酷い風評はどうにかならないものだろうか?


 明日、要塞都市メレルに向けて出発する俺たちへの同行を拒まれた彼女は、あろうことか「だったらアタシも眷姫になってやる!」などと言い出したのである。


 聖泉でセレスを眷姫にしてしまったあのドタバタの際に一緒にいたこともあって、彼女は疑似神具のことについても知っているらしい。

 ……ただ、眷姫にする方法とか、詳しいことは話してないと思うんだけどな。


『くくく、いつか機会がくるかと思って、こっそりと教えておいたが、我ながらグッジョブじゃの』


 ウェヌス、いま何か言ったか?


『はての?』


 まさか、またこいつの仕業じゃないだろうな……。

 思わずウェヌスをブン投げそうになっていると、突然、ララが服を脱ぎ始めた。


「ちょっ、何やってんだ!?」

「あああ、アタシの裸を見ればテメェもその気になるだろっ!? これでもそれなりに身体には自信があるんだよっ!」


 顔を真っ赤にしながら、震える声でそんなことを叫ぶララ。

 上着が下から捲り上げられ、白いお腹と可愛らしいお臍が露わに。

 そして意外にも大きな下乳が見え……


「やめろって!」


 それ以上の蛮行を防ぐべく、俺は慌てて彼女の腕を掴んだ。


「止めるんじゃねぇ! どうせすでにテメェには一度辱められた身体だっ! 今さらどうなろうと構わねぇよ!」

「語弊のある言い方するなよ!?」


 服を脱ごうとする少女と、それを必死に止めようとするおっさん。

 意味不明な構図だ。


『じゃが傍から見ておると、おっさんが襲い掛かって少女が必死に抵抗しているようにしか見えぬぞ』


 言うな。

 俺もそんな気がしていた。


 おっさんというのは悲しき業を背負っているのだ……。


「分かった! 分かったから! 普通に連れてってやるから! だからこんな真似はやめろ!」

「ほ、本当かっ!?」


 観念して俺が叫ぶと、ララは目を輝かせた。

 瞬間、彼女の腕から力が抜ける。


 その結果、それを止めていた腕が勢いよく下方へと流れて、俺は体勢を崩してしまった。

 ララ目がけて前のめりに倒れ込み――


 ぷにんっ。


 彼女の胸へ頭からダイブしてしまった。


「ぎゃああああああああああっ!? こ、この変態野郎がっ!」


 ……ふ、不可抗力だ。






「ルーカス様がそうおっしゃるのなら、仕方ありませんね」


 翌朝、ララに代わって俺が説得すると、セレスは意外にもあっさりと折れてくれた。


「いいのかっ!?」

「ただし、何かあったらすぐにクルシェ様の影の中に隠れるようにしてください」


 確かにそこにいれば安全は確保できるだろう。

 ……まぁ長時間潜り続けていると、気がおかしくなりそうになるが。


「わうわう!」

「ひっ!?」


 よろしく! とばかりに影の中からクウが顔を出すと、ララは飛び上がって俺の後ろに隠れてしまった。


「こ、こいつ、あのときの……っ!?」

「あのとき? 大丈夫だよ、ララさん。クウは人を噛んだりしないから」


 ……俺が頭を撫でようとすると普通に噛んでくるけどな?


 そうしてララが加わり、俺たちは再びチルに引っ張られて街を出発した。






 やがて要塞都市が見えてきた。


 その名に相応しく、十メートルを軽く超える巨大な城壁が都市全体を取り囲んでいる。

 都市自体の規模は王都の三分の一程度だが、城壁の堅牢さは王都のそれをも凌ぐと言われていた。


 当然ながら城壁の上には多数の獣人たちの姿があって、外を厳しく監視している。

 恐らく近づけばすぐに発見されてしまうだろう。

 しかも時々、鳥系の獣人が空を巡回しているため、空からの侵入ばかりか、内部の様子を上から探ることもできそうにない。


 遠くの壁を睨みながら、アリアが呟く。


「やっぱり中に入らないと、街の状況がよく分からないわね」

「そうだな……」


 俺たちは壁から一キロほど離れた場所にある岩の陰に隠れつつ、作戦を練ることにした。


 前回はセレスの結界を利用して姿を隠し、市壁を越えて街への侵入を果たした。

 だが今回は小さな街の市壁と違い、要塞都市の城壁である。高さは比較にもならない。

 登るにしても手や足をかける場所が乏しく、簡単にはいきそうにない。


 空からの侵入も、鳥の獣人がいるため不可能。


「夜まで待つしかないか」


 辺り一帯が闇に包まれる夜。

 クルシェの影の力が最も発揮しやすくなる時間で、これなら影を通って城壁を潜り抜けることもできるだろう。


「お、おい」


 と、そこで不意にララが口を開いた。

 何かを聴き取ったのか、ウサ耳を左右に揺らしながら。


「向こうから何か近づいて来てるぜ?」


 視線を向けた先には、街道を走り、城門へと向かう獣人の一団があった。

 何台もの荷馬車を引き連れている。


「物資を運んできたのか? ……あれは使えそうだな」




    ◇ ◇ ◇




「糧食を運んできた! 門を開けてくれ!」

「よし分かった! ちょっと待ってろ!」


 城門が開き、都市の中へと荷馬車を引く一団が入っていく。

 すぐに門が閉じられる。

 荷物が下ろされると、それを所定の場所まで運搬していくのは、元々この都市に住んでいた住民たちだった。


「とっとと運べ!」

「おい、もっと持てるだろ! サボるんじゃねぇよ!」


 征服者である獣人たちの怒号が飛ぶ。


 一方、仕事から解放された馬たちは厩舎の方へと連れていかれた。


「ヒヒーンっ!」

「うるせぇ、大人しくしてやがれ」


 馬を運んできた獣人が帰っていく。


 しばらくして。

 馬の影から、にょきっと手が生えてきた。

 続けて頭、胴体と姿を現す。


「っ!?」


 ぎょっとしたのは馬だ。

 悲鳴を上げそうになるが、


「どうどうどう。良い子だから静かにしてね」

「ぶるるるっ」


 頭を優しく撫でられて、すぐに大人しくなった。


「近くに気配はない、と。……うん、大丈夫そうだよ」

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