第11話 アタシもそいつの眷姫になってやる

「離しやがれっ! アタシは怪しくなんてねぇっ!」

「だからそれは領主様がご判断されることだと言っているだろう!」


 そんな言い合いをしながら兵士に連行され、部屋に入ってきたのは、


「……ララ?」


 レアスにいるはずの兎人族の少女だった。


「街中をうろついていたため連れてまいりました! 女とは言え、敵が送り込んだ諜報員の可能性もあるかと思いまして!」


 と、兵士が領主へ報告する。


「そんなんじゃねぇって! こっちに住んでて故郷とは連絡すら取ってねぇしよ! アタシだって今回のことには驚いてんだ!」


 力強く主張するララだが、ウサ耳はその内心の不安を表すようにプルプルと震えていた。

 勝気なようでいて兎らしく臆病だからなぁ。


 しかし何で彼女がこんなところにいるんだ?


「あっ!? おっさん、てめぇ……っ!」


 向こうも俺に気づいたようだ。


「ルーカス殿、もしかしてお知り合いですか?」

「ああ。彼女の言ってることは俺が保証する。離してやってくれないか?」

「もちろんです」


 兵士から解放されて、ララは安堵の息を吐く。


「……た、助かったぜ――」


 そのとき彼女の視線が、部屋の奥にいた元獣王の方へと向いた。

 お互いの目が合う。


「「ひぃっ!?」」


 ララはまさしく脱兎のごとき勢いで跳躍したかと思うと、俺の後ろへと隠れてしまった。


「なななっ、なんでっ……何で獣王がこんなところにいるんだよおおおっ!?」


 俺の腰に必死に抱きつきながら、ぶるぶるぶると身体を震わせて叫ぶ。

 完全に怯え切っていた。


 彼女からしてみれば、相手は自分たちを支配していた王者だ。

 この反応も無理はない。


 しかし一方で、なぜか元獣王――レオンの方も頭を抱えて蹲り、情けない声を漏らしていた。


「兎っ……兎怖いっ……」


 ……獅子が兎に怯えているんだが。

 さっきまでは悪態を吐いていたが、実は兎人族に敗北したことが大きなトラウマになっているのかもしれない。







「なっ……フラウが……!?」


 さっきまでレオンを前にして蛇に睨まれた蛙のように縮こまっていたララだったが、驚きが勝ったのだろう、大きな声を上げた。

 逆にレオンはその声にちょっとビクッとして、


「そ、そうだ……。兎人族のフラウ、今は奴が獣王として、この侵攻も主導している」


 どうやら同じ兎人族として、ララはそのフラウという青年のことを知っているらしい。


「知ってるも何も、アイツとは同じ集落で家も近くて……幼馴染みみてぇなもんだ」


 さらに詳しく訊いてみると、彼女の姉の婚約者だったという。


「けど、アイツは戦いを好むような性格じゃねぇ。……第一、獅人族を倒して獣王になるなんて力、絶対にねぇはずだ」


 よく知る彼女でも、あり得ないと断言する。


 蒼い顔をしたレオンが、何か怖ろしいものでも見たかのように唇を戦慄かせながら言った。


「奴は……不気味な剣を持ってやがるんだ……」

「……剣?」

「禍々しい装飾の……いや、怖ろしいのは見た目なんかじゃねぇ」


 それからレオンは、その青年が手にしているという剣のことについて教えてくれた。


「――あろうことか、あいつがその剣を突きつけた瞬間、城壁がまるで砂にでもなったかのように一瞬にして崩れ落ちていったんだ……。防壁を頼みにしていた人間たちがまさかの事態に狼狽えてる隙に、オレたちは一気に攻め込んで……。まさか、あの要塞都市を落とすのに半日もかからねぇなんてよ……」


 俄かには信じられない話ではあった。

 だがレオンが嘘を言っているようにも見えない。


 それに実際なところ、彼は獣王の座を奪われているし、要塞都市は陥落させられてしまっているのだ。


「そ、そうだっ! 奴は確かその剣を指して〈森羅万掌〉と言っていた……っ!」


 ハッとしたように目を開き、レオンはそう告げる。


『ふむ。話を聞くに、まず間違いなく魔剣じゃろうな』


 魔剣ってことは、あの毒牙みたいなものか?


『そうじゃ。しかし、あんなものとは程度が違うじゃろう。もしかしたら邪神によって生み出されたものかもしれぬ』


 そんな魔剣が現獣王の手にあるのだとすれば、これは想定していたよりもずっと厄介な事態だな……。






 レオンから一通り情報を聞き出した後。


 俺たちはすぐにでも要塞都市に向けて出発したかったが、さすがに体力的な問題もあり、領主の屋敷に一晩泊めてもらうことになった。

 明日の早朝に経つ予定だ。


 しかし、どうするかな、これ――


「アタシも連れてってくれよ!」

「いいえ、貴方はこの街に残って下さい」

「何でだよっ?」

「もちろん危険だからです」

「あ、アタシだって冒険者の端くれだっ!」

「端くれではダメです。これから向かう先は戦場です。もちろん軍が到着するまで戦闘するつもりはありませんが、万が一という可能性もあります。貴方がいると足手まといになってしまいます」


 ララとセレスが言い合っているのだ。

 まぁ俺もセレスに同意だな。


 レアスからここまで走ってきたというその精神には感服するが、やはり戦闘能力に乏しい彼女を連れていくのは危険だろう。


「……」


 反論できずに口を噤むララだったが、不意に覚悟を決めた様に拳を握り締めた。


「だ、だったらよ……っ!」


 そして決死の表情で叫ぶ。


「あ、アタシもそいつの眷姫になってやるッ!」

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