第10話 お前は悪魔か

「お父様!」

「レーア!?」


 広場で女性たちを救出した後、俺たちは残った獣人を次々と拘束していった。


 もっとも手間取ったのは、獣人たちに占拠されていた領主の屋敷だろう。

 だが相手が少人数だったこともあって、何の被害もなく奪還することに成功した。


 領主とその妻は地下牢に幽閉されていた。

 幸いなことに怪我などもなさそうで、すぐに町の外に置いてきたレーアを迎えに行った。


 彼女は父親の顔を見るなり走り出し、二人は抱き合って互いの無事を喜んだのだった。


 領主は名をエルバートと言った。

 温和そうな初老の男性で、どうやらレーアはかなり歳を取ってからできた娘らしい。

 目に入れても居たくないほど可愛がっていたようで、だからこそ獣人の襲撃を受けた際、自分の身を顧みずに彼女だけを逃がしたという。


「この町と娘。ルーカス殿、貴方は私にとって最も大切な二つを共に救ってくださいました。なんとお礼を申し上げたらいいのか……」

『うむ! ならば貴様の娘を差し出すがよい!』


 ウェヌス、お前は悪魔か。


 幸い今は剣の状態で俺の鞘に収まっているので、その声は聞こえていない――


「ルーカス殿。よろしければ娘を貰っていただけないだろうか?」


 ――はずだよな!?


「い、いや。さすがにそんな大切なものを貰うわけにはいかない。第一、危ないところを助けてもらったからと言って、会ったばかりの男をそこまで信用するのはどうかと……」

「ははは、ご謙遜を。娘から聞きましたぞ。貴方様こそ、神剣に選ばれた英雄であると。そんなお方を疑ってしまっては天罰を受けてしまいます」


 たった今その神剣=悪魔説が浮上してきたところなんだがな?


「……親の私が言うのも何ですが、レーアは見ての通り器量がよく、気立てもよい。お陰で男性からの求婚が後を絶たないのです。しかし、レーアはどうもそのすべてにあまり乗り気ではないようで……私も娘には望まない結婚をさせたくなく、今の今までお断りしてきたのです。たとえ相手が大貴族だろうと、私は娘が望まなければ突っ撥ねる覚悟すらあります」


 エルバートはすぐ隣のレーア――なぜか顔を俯けている――をちらりと見てから、続ける。


「ですが、貴方であれば娘を任せても良いと思ったのです」


 なんでそうなる?


「だったらなおさらだ。彼女ならもっと良い男と出会えるはずだ。俺みたいなおっさんには勿体ない」

「そ、そんなことありません!」


 突然、レーアが叫んだので面食らった。


「あ、い、いえ……その…………る、ルーカス様は……と、とても素敵な方だと思います……」


 ハッとしたように息を呑んで、彼女は再び顔を俯けてぼそぼそと呟く。


『くくく、どうやら随分なチョロインだったようじゃのう?』


 何だよ、チョロインって?


「と、とにかく、詳しいことは戦いが終わってからだ。……無事に戻って来れたらの話だが、この町にも立ち寄ろう」


 今はピンチを救ってもらった高揚感とかで舞い上がっているだけだろう。

 もう少し落ち着けば、冷静になってくれるはずだ。

 ……そのはず。


 それから俺たちは、捕えた獣人を尋問することに。

 要塞都市メレルに向かう前にできるだけ情報を得ておきたい。


「お前がリーダーだな」


 クルシェの影によって動きを封じられた獣人を問い詰める。


 獅子の獣人――獅人族の男だ。

 歳は三十代後半といったところだろうか。

 他の獣人を遥かに凌駕する怪力の持ち主で、普通の縄だと簡単に引き千切られてしまうため、わざわざクルシェが影を使って拘束してくれていた。


「くそったれ……! オレ様がこの短期間に二度もやられるなんてよ……っ!」


 俺の問いには答えず、獅子の獣人は忌々しげに吐き捨てた。


「質問に答えなさい」

「あぢぢぢぢっ!? わ、分かった! 分かったから燃やすなっ!」


 アリアが鬣に火をつけると、慌てて叫ぶ。


「そうだっ! オレがこの町を襲った集団のリーダー、レオンだっ! この辺りの町や村を占拠しろって、フラウの野郎に命じられたんだよ……っ!」

「レオン……?」


 セレスが男の名を小さく反芻して、


「まさか、貴方は……」

「……ああ、そうだよ。オレは獣王レオン。ただし、元、だがな。……くそったれた兎の若造に敗れて、今はただの先遣隊長だ」


 どうやらこの男、先代の獣王だったらしい。

 色々と吐かすことができれば、今後の作戦において重要な情報を得られるだろう。


「せっかく集めた女どもはすべて奪われちまうし、最悪だぜ。まだ手を付けてすらいねぇ子もいたってのにいででででっ!?」

「……余計なことは言わなくて結構ですので。聞かれたことだけを話してください」


 それから元獣王は、意外とすんなりと獣人軍の内情を話してくれた。


「洗いざらいあんたらに暴露した結果、負けちまったとしても知ったことか」


 半ば自棄になっているようだ。


 彼によれば、やはり現在の獣王は兎人族らしい。

 まだ二十歳かそこらの青年で、ある日突然、獣王の城に攻め込んできて、たった一人で制圧してしまったのだとか。

 獣人種最強と言われていた獅人族の精鋭たちも、獣王自身も含めて手も足も出なかったという。


 その後、自身が新たな獣王となることを宣言した彼は、反対勢力を捻じ伏せ、さらにはこの国を侵略するために軍を編成。

 そうして自らが先頭に立って軍を率い、要塞都市メレルを僅か半日にして陥落させてしまったのだ。


「だがあれは奴の力じゃねぇ。奴が持っている――」


 と、そのときだ。

 急に外が騒がしくなり、誰かの怒声が響いてくる。


「くそっ、離しやがれっ!」

「いいから大人しくついて来い。詳しくは領主様の下で聞く」


 何事かと思っていると、この町の兵士が部屋へと入ってきた。


「何があったんだ?」

「ルーカス様、怪しい獣人を発見したため、捕えてこちらに連れてまいりました」

「だ、だからアタシは怪しくなんてねぇって!」


 ……どこかで聞いたことのある声だな?

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