第9話 去勢するべきでしょう

 セレスの隠蔽結界で姿を隠しつつ、町の広場まで何事も無く辿り着くことができた。


『獣人の数はおよそ三十。いずれも屈強な体格をしている。気をつけてほしい』

『確かにどいつも強そうだな』


 広場を見渡せる背の高い建物の屋上にリューナを配置し、念話で逐一状況を教えてもらっていた。

 弓による遠距離攻撃を得意としている彼女には、援護するにも適した場所だろう。


 人間の女性の身長が百六十前後とすれば、獣人たちはそれより頭一つ分は背が高い印象だ。

 平均身長はゆうに百九十を超えているだろう。


 豹の獣人に熊の獣人、それからゴリラの獣人もいる。

 どいつもこいつも人間の男性より一回り以上も身体がデカい。


「魔物を相手にしているわたしたちからすれば、どうってことのない大きさだけれど……」

「普通の女性にとっては怖いだろうね」


 見た目だけですでに威圧的な獣人たちに囲まれ、捕まっている女性たちは酷く怯えていた。

 全部で五、六十人くらいはいるだろうか。

 しかもその獣人たちが時折、声を荒らげているのだ。


「こいつはオレのもんだって決めてたんだよッ!」

「あー、うるせぇうるせぇ。てめぇが大声出すから女が怯えてんじゃねぇか。つーか、人間の女も、てめぇみたいな不細工に輩に抱かれるより、俺様のような熊人族きってのイケメンに抱かれたいに決まってんだろ?」

「んだと!?」


 どうやら女性たちの所有権を争っているらしい。

 いわゆる奴隷オークションのようなものだろうが、金ではなく力で取り合っているせいだ。


「まるで女性が物であるかのように…………許せません」


 セレスが憤っている。


 しかし思っていた以上に規律が取れていないな……。

 色んな種族を交ぜてしまっているせいかとも思ったが、同種同士でも普通に取り合いをしている。

 先ほどのやり取りも、一人の少女を巡って同じ熊人族が言い合っているのだ。


 ……俺たち人間からすれば、どっちも同じような熊のおっさんにしか見えないのだが、きっと彼らなりの美醜の基準があるのだろう。


「さて、どうやって助け出すかだが……」


 幾らまるで統率されていないとは言え、相手はこちらよりずっと数が多い上に、一人一人が高い身体能力を有している獣人。

 それでもただ戦うだけであれば、今の俺たちならどうにかなる。


 問題はあの女性たちを無事に助け出せるかどうかだ。

 人質にされては厄介だ。


「すいません……さすがにあれだけバラけてしまっていると……」


 一塊になっていてくれればいいのだが、生憎とあちこちにいるため、全員をセレスの結界で保護しようとすれば、数十もの結界を同時に展開しなければならなさそうだ。

 それは今のセレスでは難しいという。


「クルシェ。あの数の獣人たちに同時に影縛をかけることはできそうか?」

「うーん……それもちょっと難しいかも? できても、せいぜい数秒程度しか持たないかな。すぐに破られちゃいそうで……」


 数秒程度か……。

 その間に女性たちを逃がすという訳にはいかなそうだ。

 手首を後ろ手に縛られているようなので、あまり速くは走れないだろうし。


「わたしが行くわ」

「アリア?」

「大丈夫、任せておいて」






「へぇ、まだ人間の女が残ってやがったのか」

「ひゅう。しかも超上玉じゃねぇか」


 獣人たちの注目が広場に現れたアリアに集中する。

 そして下衆な主張が始まった。


「最初に見つけた俺のもんだ!」

「ふざけんな! どう考えても俺の方が先に見つけただろうが!」

「おいおい、当然、最初に捕まえた奴のもんだろ?」

「あっ、てめぇ!」


 獣人らしい俊敏さで集団から抜け出し、真っ先にアリアに近づいて行ったのは前身の皮膚が黒い男だ。

 恐らく黒豹の獣人だろう。


「へへっ、近くで見たらいっそう可愛いじゃ――――ぎゃあっ!?」


 その黒豹の獣人が突然、悲鳴を上げた。

 アリアの肩に触れた瞬間のことだ。


「汚い手で触らないでくれるかしら?」

「このアマ、何しやがった!?」


 黒豹の獣人の掌からは煙が上がっていた。


「ぎゃははははっ! 何やってんだよ!」

「人間の女一人、まともに捕まえられねぇのか!」


 他の獣人たちが一斉に笑い声を響かせる。

 その蛮声の中、アリアがよく通る声で捕まっている町の女性たちに告げた。


「あなたたちを助けに来たわ。合図をしたら、広場の外に向かって全力で走ってちょうだい」


 所詮は人間の少女一人。

 一体何ができるのかと、獣人たちはゲラゲラと笑うだけで完全に油断している。


「――〝紅姫〟」

「がっ!?」

「「「なっ……」」」


 彼女の手に赤い刀身の剣が顕現し、目の前にいた先ほどの黒豹の獣人を斬り伏せた。

 そこでようやく彼らは相手が只者ではないことに気付いたらしい。


「おい、今どっから剣が出てきた?」

「手間をかけさせてくれやがって」

「顔は傷つけんじゃねぇぞ!」


 何人かがアリアを捕えようと動き出す。

 ……が、その直後、


「影縛(シャドウバインド)!」


 クルシェが技を発動させた。


「っ!? 何だ!?」

「身体がっ!?」

「どうなってやがる!?」


 身動きを奪われ、当惑する獣人たち。

 ただしさすがに全員を一斉に縛るとなると一人あたりの拘束が甘くなってしまうようで、亀のような鈍さなら身体を動かすことができるようだ。


 しかしそれで十分だ。


「今よ! 走って! 速く!」


 アリアが声を張り上げて叫んだ。

 捕まっていた女性たちがハッとして慌てて走り出す。


「くそっ! 逃がすな!」

「そうは言っても動けねぇぞ!」


『クルシェ、まだ大丈夫か?』

『うううっ、もうそろそろ限界!』

『いや、十分だ』


 影縛から解放され、獣人たちが動きを取り戻す。


「さっきより拘束が緩くなってきた! 動けるぞ!」

「はっ、女の足で逃げられるとでも思ってんのかよ!」


 逃げる女性たちをすぐに追い駆けようとする。


「うげっ!?」「ぶごっ!」「ぎゃっ?」


 だが突然、見えない壁にぶつかったかのように何もない空間で弾き返されてしまった。


「な、何だこれは……?」

「透明な膜みてぇなものが……」


 セレスが展開させた結界だ。

 上手く女性たちと分離することができたため、内部に閉じ込めるタイプの結界を張ってもらったのである。

 獣人たちは結界を殴り付けて破壊しようとしているが、ビクともしない。


「思った以上に上手くいったな」


 見たところ女性たちに怪我はなく、こちらの被害もゼロだ。

 俺は結界をすり抜けると、内側に捕らわれた獣人たちへ近づいていく。中から外に出ることはできないが、逆は可能なのだ。


「て、てめぇの仕業か!?」

「はっ、馬鹿めっ! 自ら近づいてきやがるとはよぉっ! 死ねやっ!」


 熊の獣人が殴り掛かってきたが、俺はそれを片手で受け止めた。


「なっ……!? こいつ人間のくせになんて力だ……っ? い、いや……何だこれは……? 力が全然入らない……?」


 気づいたようだな。

 これは単に閉じ込めるだけの結界でなく、内側にいる者を弱体化させるのだ。ただし俺にはその効果は及ばない。


 獣人たちは立つこともままならなくなったようで、次々とその場に膝を付いていく。


「くそ……」

「に、人間ごときにっ……」


 そこにセレスがやってきて、言った。


「女性を無理やり性奴隷にしようとした淫獣たちですし、制裁として去勢するべきでしょう」


 獣人たちが震えあがったのは言うまでもない。

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