第8話 きっと簡単に股を開くぞ
「大丈夫か?」
芝生の上に座り込んで呆然としている少女に、俺はそう声をかけた。
周囲にはリューナの矢を浴び、痛みに呻いている獣人の男たちが転がっている。
いずれも急所は避けているようで、死んでいる者はいなさそうだ。
「は、はい……」
少女は微かに頷きながら、か細い声で返事をした。
「怪我はないか?」
「だ、大丈夫です……」
だが恐怖のせいで腰が抜けたのか、なかなか立ち上がれないでいる。
『そこは優しく抱き上げてやるのじゃよ! ピンチを救ってくれた上に、優しくされたりなんかしたらイチコロじゃぞ!』
はいはい。
と、そこで少女はハッとしたように目を見開いたかと思うと、いきなり縋るように訴えてきた。
「お、お願いですっ! 町をっ……町のみんなを助けで下さい……っ!」
とりあえず少女を馬車に乗せ、北へ進みながら詳しい事情を訊くことにした。
獣人の男たちはセレスの結界で拘束し、クルシェの影の中に放り込んである。
彼らに追われていたことから、大よそのことは推測できる。いずれにしても彼女が来た方角に進んでおいた方がいいだろうとの判断だ。
少女は嗚咽交じりになりながらも、どうにか話してくれた。
「そうか……。それは大変だったな」
どうやら町が獣人の集団に襲われてしまい、彼女は逃げてきたのだとか。
「まさか、もうこんなところまで勢力を伸ばしているとは思いませんでした」
防衛都市からはまだ距離がある。
しかしすでにこの辺りの町や村も安全ではないということだ。
「安心してくれ。できる限りのことはしよう」
「ほ、本当ですか……っ?」
さすがに俺たちだけでは、すべての町や村を救うことはできない。
だが目の前で助けを求めている人がいるというのに、放っておくわけにはいかないだろう。
防衛都市にも急ぎたいが、どのみち援軍の騎士たちが追い付いてくるまで、本格的な奪還作戦に移ることはできないだろうしな。
やがて少女の町が近づいてきた。
人口は五百人ほどだという。
これを制圧するとなると、最低でも五十人くらいは獣人がいるはずだ。
……まぁそれくらいなら何とかなると思う。
「あ、あの……わ、私の方からお願いしておいて、今さらこんなことを申し上げるのもどうかと思うのですが……ほ、本当にこの人数で大丈夫なのでしょうか……?」
少女――レーアが恐る恐る訊いてきた。
彼女の不安を一蹴するように、クルシェが胸を叩いた。
「任せておいてよ! 何を隠そう、この人は神剣の英雄だからね!」
「こ、この方が……神剣の英雄ルーカス様……?」
聖女エリエスが大々的に宣言したことで、どうやら俺の名はレアスの外にまで広がってしまっているらしかった。
彼女の町でも話題になっていたのだという。
「ああ……ありがとうございます……」
「って、何で泣いてんだっ?」
いきなりレーアが泣き始めたので戸惑う俺。
「先ほどまさにヴィーネ様にお祈りしたのです……。私のような取るに足らない者の祈りを、女神様が聞き届けて下さったのだと思うと……」
どうやらかなり奇跡的なタイミングだったらしい。
『くくく、この娘、女神の神意だと言ってやればきっと簡単に股を開くぞ』
……残念ながら、その女神が作ったという剣は変態だけどな。
「ワウ!」
「っ! 町が見えてきました」
前方へと視線を向けると、確かに遠くに町を取り囲む市壁が見えてきていた。
大きな都市はもちろんのこと、町や小さな村であっても、大抵は魔物の侵入を防ぐための防壁が設置されていた。
しかし町を囲うように設けられているため、外からでは中の様子が分からないのが難点だ。
そこで、リューナの出番である。
〈気流支配〉の力で町を上空から見下ろした彼女から、念話で情報が入ってくる。
リューナが空から見た限りでは、制圧からあまり時間が経っていなさそうだ。
怪我の治療を受けている獣人がいたり、まだ家の中などに隠れている人間を探している獣人がいたりするらしい。
そのためか、町の外に対する警戒は比較的薄いようだ。
『町民の大半は姿が見えないが、何人かが広場らしき場所に集められている』
「恐らく人質にするつもりでしょう。女性や子供を人質に取れば、男たちの反乱を防ぐことができますから」
「見たところ子供や老人はおらず、若い女性だけのように思う」
「何で若い女性だけなのかな……?」
首を傾げるクルシェ。
リューナが断言した。
『決まっている。慰み者にするつもりだろう』
「なっ……捕虜をそんな風に扱うなど許されることではありません……っ!」
セレスが目を剥いて憤っているが、確かに現在はそうした捕虜の扱いは禁じられていた。
といっても、そんな道徳が獣人たちに通じるとは思えない。
かつての〝大戦〟時には、勝者の当然の権利として当たり前のように略奪行為や女性への強姦などが行われていたそうだしな。
「急ごう」
俺たちが町への侵入を試みたのは、市壁の北東部だった。
リューナが上空から見て、その方角から目的の広場まで向かうルートが最も警備が手薄だったためだ。
近くに見張りが一人しかいない。
しかし今は日中だ。
現在、身を潜めている林から市壁の間には見通しのいい開けた一帯があって、たとえ少人数だろうと普通に向かっては確実に見張りに見つかってしまう。
空から侵入するという手もあるが、さすがにこの人数を一度に運ぶことはできず、何往復もしなければならないため時間がかかってしまうだろう。
今度はセレスの出番である。
彼女が隠蔽結界を展開させた。
「す、すごい……まったく見えなくなってしまいました……!」
結界の外でレーアが驚いている。
ただしこの結界にも弱点があって、匂いなどを隠すことはできない。
あまり近づき過ぎると、人間より嗅覚に優れた獣人にはバレてしまう可能性もあった。
だからこそ警備の薄い地点を選んだのである。
「ここで待っていてくれ」
「わ、分かりました……」
さすがにレーアを連れていくわけにはいかないので、この場所に隠れておいてもらう。
「チル。貴方は彼女を護ってあげてください」
「ワウ!」
「よ、よろしくお願いします」
護衛役というのもあるが、身体が大きくて目立つのでチルはここで待機だ。
レーアは若干ビビりつつも頭を下げている。
「クウももしもの場合はお願いするよ」
「がう」
さて、それじゃあ行くか。
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