第6話 美少女のゲロなどご褒美じゃろ
グリル伯爵の屋敷を後にした俺たち――俺、アリア、クルシェ、リューナ、セレスの五人は、すぐに要塞都市メレルに向けて出発することになった。
伯爵が所有する騎士団と一緒に出るという案もあった。
だが、準備が整うまで最低でもあと二日はかかると言われて、ならば兵が集まるのを待っているより、先んじて向かった方がいいだろうと判断したのである。
もちろんさすがに俺たちだけでは都市を奪還するなど不可能だろうが、クルシェの能力もあるし、偵察くらいはできるはず。
レアス神殿からも聖騎士たちを派遣することになった。
セレスが率いる第一騎士隊と、ゼルディアの第二騎士隊だ。
こちらも騎士団と同時に出発する。
獣人は群れでのゲリラ戦を得意としており、途中で襲撃を受ける危険性を考慮し、なるべく大規模な部隊で進軍した方が良いとの考えからだ。
なので第一騎士隊はセレスの代わりに、ソフィが指揮を執るという。
「ソフィ、隊のことは頼みます」
「お任せください、セレス隊長!」
メレルまでは馬を飛ばせば二日ほどで着くという。
って、俺、馬なんて乗ったことないぞ?
「では馬車を使いましょう」
「それだと時間がかかり過ぎないか?」
「普通の馬に引かせるとそうなります。ですが……お願いします、チル」
「ワオン!」
ホーリーウルフと呼ばれる魔物であるチルが元気よく咆える。
チルは自ら四輪馬車の前に移動すると、それを引くような動作を見せた。
「もしかしてこいつが引いてくれるのか?」
「はい。チルは馬十頭分近い力がありますので、ずっと早く着けると思います」
「ワウ!」
チルは自信ありげに首を反らした。
「あなた、いってらっしゃい」
「英雄様、すぐに騎士団に後を追わせますので、お待ちくだされ」
エリエスやグリル伯爵にも見送られながら、俺たちはレアスの街を出発する。
「ワウワウ!」
チルが勢いよく駆け出し、ぐいぐい馬車を引っ張っていく。
「って、速っ!」
思っていた以上の速度だ。
見る見るうちにエリエスたちの姿が遠ざかっていった。
「ま、待ってくれぇぇぇっ!」
ん?
なんか今、車輪の音に混じって叫び声が聞こえてきた気が?
「どうしたの?」
俺が眉根を寄せていたからか、アリアが訊いてきた。
「いや、誰かの声がしなかったか?」
「? 何も聞こえなかったと思うけど」
「……気のせいか」
◇ ◇ ◇
「ま、待ってくれぇぇぇっ!」
ララは必死に叫んだが、しかし馬車はすでに出発した後で、こちらに気づかずどんどん遠ざかっていってしまう。
「くそっ……あと一分早けりゃ間に合ったってのに……!」
思わず悪態を吐く。
つい先ほどのことだ。
兎人族の彼女は、バイト先の酒場である噂話を耳にしてしまったのだ。
――獅人族を倒して獣王になったの、兎人族らしいぜ? いや、マジだって。それでこっちに逃げてきた狼の獣人から実際に聞いた話だからよ。
精度はともかく、酒場には色んな情報が集まってくる。
そのため獣王が代替わりしたことや、母国がこの国へと攻め込んできているということは、すでに知っていた。
だがまさかその獣王になったのが、兎人族だなんて。
そんなことあるわけがない。
なにせ兎人族の弱さは自分がよく知っている。
到底、その兎人族が獣王になり、しかもこの国への侵略を主導しているなんて、信じられるはずもなかった。
けれど嫌な胸騒ぎがしたのだ。
そして数日前から都市中で話題になっている神剣の英雄とその一向が、北方に向かって出発すると聞いた。
もし噂が真実なら、兎人族の自分は、彼らに有益な情報を提供できるかもしれず、運が良ければ同行を許されるかもしれない。
居ても経ってもいられなくなった彼女は、バイトをすっぽかして飛び出してきたのだった。
なのに、必死に走って辿り着いたそのときには、もう出発してしまった後で。
「バイトクビになる覚悟で来たってのによぉぉぉぉぉぉっ!」
◇ ◇ ◇
驚くべきことに、出発から数時間が経っても、チルはまったく疲れ知らずで、ほとんど変わらない速度で走り続けた。
しかしこれは……酔うな。
メレルまで街道が整備されてはいるが、さすがにこの速度で走っていると振動も大きい。
そのため船酔いのような眩暈や吐き気に襲われてしまうのだ。
神剣の性能によって、幾らか状態異常が和らいでいるはずなのだが、それでも少々キツイものがあるな……。
「……ごめん、ぼく、影の中に入ってる」
限界がきたのか、真っ青な顔をしたクルシェが影へと身体を沈めていく。
どうやら影の中だと振動が伝わらないため酔わないらしい。
「そんな手があるなんて……ちょっとズルいわ」
「……このままでは吐いてしまうかもしれない」
アリアとリューナも大分グロッキーになっている。
両側から俺に寄り掛かってきているが、できればその場で吐くのはやめてほしい。俺が浴びることになってしまう。
『何を言っておる! 美少女のゲロなどご褒美じゃろ!』
お前ほんとたまに、いや、高頻度でめちゃくちゃ気持ち悪いよな?
『え、ちょっ……さ、さすがにそんなにはっきり言われると傷つくのじゃが……』
普通にダメージ受けてやがる。
「なぁセレス。もうちょっとペースを落とせないか?」
声をかけると、御者台にいた彼女がこちらを振り返る。
「……実は、わたくしもそうしようかと思っていたところでした……うぷっ」
彼女もすっかり青い顔をして、今にも吐きそうになっていた。
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