第5話 きっと喜んで差し出してくるぞ

 第二騎士隊隊長であるゼルディアからの一報を受けて、俺たちは急遽この都市の領主の屋敷を訪れていた。


 レアス神殿が強い権力を有してはいるが、都市自体はグリル伯爵が治めている。

 北方の様子についての情報は、領主である彼の下へと入ってきていた。


「あなた、来てくれたのねっ」

「だから誰があなただ」


 屋敷には聖女エリエスの姿もあった。


「おおっ、あなたが神剣の英雄、ルーカス様……」


 彼女と一緒にいたのは白髪の老人だった。

 恐らく年齢は七十を越えているだろう。


「まさか、死ぬまでに神に選ばれし英雄をこの目で拝むことができようとは……。わしは何と幸運なのじゃ……」


 涙を浮かべながら、俺の前で祈り出す伯爵。

 どうやら彼はレアス神殿の熱心な信徒の一人らしいが、まるで神にでも出会ったかのような反応に、俺は戸惑うしかない。


 しかも相手はド平民の俺からすれば雲の上の存在とも言える伯爵様だ。

 ……マジでやめてほしい。


『ジジイなぞに崇められても嬉しくないしの! そうじゃ! 可愛い孫娘がおらんか訊いてみるのじゃ! お主が命じれば、きっと喜んで差し出してくるぞ!』


 こんなのが俺を選んだその神剣だと知ったら、この爺さん、発狂してしまうんじゃないだろうか……。


 俺たちはグリル伯爵から現在の状況を聞いた。


 つい一昨日のことらしい。

 突如として獣人の群れが、この都市の北方、国境近くにある都市に攻め込んできたそうだ。


 メレルという都市で、堅牢な城壁に囲まれ、まさに北からの侵略を防ぐための要塞都市だったのだが、それが僅か半日の間に獣人に占拠されてしまったのだという。


「メレルがそんなに簡単に落とされるなんて……」


 絶句しているのはアリアだ。

 元貴族の彼女はこうしたことに詳しい。


 行ったことはないが、俺もメレルのことは知っている。

 授業でも習ったしな。

 かつての大戦時からあるこの都市だが、当時から今に至るまで、一度たりとも敵に制圧されたことがないと聞いている。


「ですが、一体なぜ急に……? バザとは友好とは言えないまでも、決して戦争になるような関係ではなかったはずです。それに、彼らは確かに高い身体能力を有してはいますが、我が国に戦争を仕掛けるほどの戦力は到底ありません」


 そう疑問をぶつけたのはセレスだ。


 そもそも獣人の国――バザは、国と言えるほどの規模ではない。

 恐らく人口はセントグラ王国の十分の一といったところだろう。


 確かに高い身体能力を持ってはいるが、反面、あまり鍛冶技術が発達しておらず、武具の性能についてはセントグラが遥かに上だと言われている。

 もしまともに戦争をすることになれば、さすがにこの国が勝つだろう。


 もっとも、この国が誇る要塞都市が予想を覆して落されてしまったのだから、そうした推測も当てにならないかもしれないが。


「その通りじゃ。そして獣王は少なくともそれが分からぬほど愚かではない」


 セレスの問いに対して、グリル伯爵が神妙に頷きながら応える。

 ちなみに獣王というのは、バザの王の通称だ。


「……いや、なかった、と言うべきじゃろう。実は、これは未確認な情報ではあるのじゃが……どうやら獣王が代替わりしたらしいのじゃ」


 つまりその新たな獣王の指示で、この国へと攻め込んできたということか、


「確か、獣王はまだ若かったはず。代替わりするのはまだ当分、先だと思っていましたが……」

「どうも武力によって他の獣人種が獅人族を打ち倒し、獣王の座を奪ったようなのじゃよ」

「獅人族が……」


 獣王の地位には長きにわたって獅人族が君臨してきた。

 しかしその伝統が覆されたかもしれないという。


「一体、どの種族が……」

「それが、どうやら兎人族らしいのじゃ」

「兎人族!?」


 兎人族って言ったら、ララの種族だな。

 足は速いが、戦闘能力においては獣人種の中でもかなり下の方に位置していたはずだ。


「もちろん先ほど言った通り、まだ不確かな情報じゃ。兎人族が獣王の座に就くなど、常識的には考えられぬことじゃしの」


 グリル伯爵によれば、メレルを奪還するため、周辺の領主たちが兵を出し合う予定だという。


「もちろん、わしが所有する騎士団も派兵するつもりじゃ。しかし何分、あまりにも突然のことじゃったからの……果たして十分な戦力を確保できることか……」

「心配は要らないわ。こっちにはルーカス様もいるんだもの」


 って、おい。


「これはある意味でチャンスよ! ここで武功を上げれば、あなたが英雄であることを国内外に強くアピールできるわ!」


 エリエスは鼻息荒くそんなことを主張してくる。


「だって、幾ら大神殿と言っても影響力には限りがあるわ。他にも力のある神殿があるし、今後あなたを異端だと考えて排斥しようとする輩もきっと現れる。そうなったとき、やっぱり英雄としての実績がモノを言うのよ」


 そもそも俺は別に英雄になるつもりなんてないのだが……。


 まぁしかし、さすがに国家的な危機を前にして、見て見ぬふりなどできない。

 下手をすればこの国が獣人によって支配されてしまうかもしれないのだ。


「……分かった。協力しよう」

「おおっ、わしらに力を貸してくださるか。英雄様ならば一騎当千、いや、一騎当万じゃ!」


 そんなに期待されても困るんだが……。

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