第2話 ここは獅子の巣穴だ
轟音とともに玉座の間の扉が粉砕した。
飛散する木片と舞い上がる粉塵の中から姿を現したのは、兎の耳を持つ一人の青年だ。
「まさか、本当に兎がオレ様のところまでやってくるとはなァ」
それを悠然とした態度で出迎えたのは、玉座に腰掛ける巨漢。
彼こそが、獣人たちの頂点に君臨する獣王その人だった。
名はレオン。
獅人族の中でも群を抜いた巨体と立派な鬣の持ち主で、その鋭い牙も爪も、兎を狩るには大き過ぎるほど。
しかし闖入者の兎は、臆することもなく獣王を睨み付けた。
「獣王。お前を倒しにきた」
「ほざけ、兎が。ここは獅子の巣穴だ。生きて逃げられると思うなよ?」
獣王が軽く手を上げると、それを合図に多数の獅人族が姿を現す。
彼らは近衛兵だ。
「兎を狩れ」
獣王が命じると、百獣の王の因子を有する獣人たちが一斉に一匹の兎へ躍り掛かった。
まさしく、獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、である。
そんな彼らの前に現れたのは、門番を倒したのと同じ巨大な腕だ。
しかもその数、十。
「「「なっ!?」」」
獅人族たちはこれに驚愕した。
城内の兵士たちもあの岩の拳にやられたため、その情報は事前に知っていた。
だがまさか十本も同時に出せるとは予想していなかったのだ。
そもそも獣人というのは、魔法においては人間以下の才能しか持たない種族だ。
そして兎人族もその例外ではない。
なので幾ら土魔法が使えると言っても、せいぜいあの岩の腕一本を操ることができる程度だろうと考えていたのである。
……実際には、青年が使っているのは魔法ではなかったのだが。
十本の巨大な腕が、獣人最強種を次々に殴り飛ばしていく。
腕に護られた兎人族に接近することもできず、あっという間に獅人族の群れは全滅していた。
「ば、馬鹿なっ……。なぜ、そんな強力な魔法が使える……ッ!?」
さすがの獣王も驚愕を隠し切れず、玉座から立ち上がって叫んだ。
「ま、待てっ。……一体、何が望みだ? 金か? 地位か? それだけの力があれば、兎人族だろうと関係ない」
同族の配下たちがいとも容易く破れた。
獣王の戦闘力は同族内でも飛び抜けてはいたが、それでもこれだけの数を瞬殺することは難しい。
彼は力の差を理解できないほど馬鹿でも、また敗北必至と知りながら戦うほど愚かでもなかった。
「兎人族のファラ。僕の婚約者だった人だ」
「っ……」
ハッとした表情を浮かべる獣王。
つい最近、新たに後宮に加えた女に兎人族の娘がいたということを思い出したのだ。
獣王は各種族の美しい女を何人も自分の妾にしていた。
指示を出している訳ではないが、獣王が好色であることを知る配下たちがよく御機嫌を取ろうと献上してくるのである。
中には強制的に連れて来られるケースもあるのだが、彼はそれを知りつつも黙認していた。
「も、もちろんすぐに返そう。しかしそれは悪いことをしたな。いつも強制してはならんと口酸っぱく言ってはいるのだが、それでもたまにそういう輩がいるのだ。後で彼女を連れてきた者を厳しく処分しておこう」
罪のすべてを他人に擦り付ける獣王。
「の、望みはそれだけか? そうだ。もしその娘と結婚すると言うのなら、ぜひオレからも祝儀を出そう。それを使って村で盛大に祝うが良い」
提案しながら獣王は青年に近づいていく。
「それにしても凄まじい土魔法の腕だ。あの腕、本気を出せばどれだけ一度に操れるのだ? あるいは他にも使えるのか?」
興味津々という顔で獣王は青年に訊ねる。
あれだけの土魔法が使えるならば、戦闘だけではなく、土木工事等にも大きな力を発揮するだろう。
有用極まりない人材だ。
当然、王としてそんな存在を重用しないはずがなかった。
――普通の王であれば。
青年との距離が二メートルほどにまで近づいた瞬間。
地面を蹴った獣王は、その強靭な脚力により僅か一歩でその距離を詰めると、その丸太のごとき剛腕で青年へ殴り掛かった。
「馬鹿めっ! 貴様のような輩、生かしておくわけがなかろうッ!!」
そう。
力こそがモノを言う獣人の世界において、自分以上の戦闘力を持つ存在など、獣王が許すはずがないのである。
最初から隙を見て殺すつもりだったのだ。
ここまで接近すれば、相手の魔法よりも先に攻撃できるという確信があった。
そしてこの華奢な兎人族の体躯など、獣王の本気の拳を一撃でも受ければ一溜りもない、と。
だが、
「土魔法? お前は大きな勘違いをしている。僕が使ったのはそんなチンケなものじゃない」
「があああっ!?」
獣王が野太い悲鳴を上げた。
青年を粉砕しようとしたその右腕が、あらぬ方向へと曲がっていたのだ。
「き、貴様っ! 何をしたぁぁぁっ!?」
拳は青年に当たったはずだった。
しかし次の瞬間、腕が逆方向へと折れたのである。
それも何の衝撃もなしに、まるで何か不可視の力によって無理やり曲げられてしまったかのように。
「〈森羅万掌〉」
「なにっ?」
「
獣王の視線は、そこで初めて青年が手にしている剣へを向いた。
そこらの武器など、自分の爪を前にしては子供の玩具に等しいと思っていたため、今まで注視すらしていなかったのだ。
「ま、まさか、魔剣か……っ?」
ほとんど武具を使わない獣人と言えども、その存在くらいは知っていた。
だが青年が口にしたのは、魔剣だとしても信じがたいほどの性能。
もしそれが本当だとしたら……
「本当はファラさえ取り戻せればそれでよかった。だけど気が変わったよ。だってそうだろう? 僕は獣王の君すら凌駕する力を手に入れたんだからねぇ」
兎人族の青年は宣言する。
「僕はこの世界の支配者になる」
『――ヒハハハハッ! そうだッ! その意気だッ! オレと一緒に世界を獲ろうぜ、相棒よぉぉぉッ!』
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