第五章
第1話 もしかして迷子でちゅか
聖教国の北にはバザと呼ばれる国があり、多数の獣人たちが暮らしていた。
獣人と一言で言っても、その種類は様々だ。
獅子、狼、犬、猿、猪、象、熊など、それぞれの獣の因子を備えた彼らは、人間と比べれば遥かに多彩な容姿をしている。
バザは現在でもまだまだ国と呼ぶには原初的だが、かつては統一政権など存在せず、それぞれの種族がバラバラに棲息していた。
だが数が増えるにつれて縄張り争いが激しくなり、次第にある獣人種が他の獣人種を従えるようになっていく。
その結果できあがったのは、厳しく階層化された社会だった。
最下層の獣人種は貧しい地域に追いやられるか、あるいは他の種族に支配され、厳しい搾取を受けるか。
いずれにしても苦しい生活を余儀なくさせられていた。
一方、上層の種族は、いわば人間の国における貴族だった。
彼らは豊かな場所に居を構え、他の獣人種を従えている。
そんな上位種族の中でも、頂点に君臨するのが獅人族だ。
つまりライオンの獣人である。
彼らは人間の国でいう王族に相当しており、その長が〝獣王〟と呼ばれていた。
「あー、めんどくせー。てかよ、別に警備とか必要ねぇだろ?」
その獣王が住む城の前。
愚痴を口にするのは猪人族の青年だった。
彼はこの城を護る兵士であり、現在は城門警備の途中。
要するに門番だ。
彼の言い分はもっともなことだった。
獣王に喧嘩を売ろうとする者などいるはずもないのである。
それに応じるのは同僚の青年。
こちらは豹人族だった。
「まぁな。たぶん昔の名残なんだろ。虎人族とドンパチやってたらしいからな」
かつて獅人族と頂点をかけて最後まで争ったのが虎人族である。
「そういや、虎人族って昔話には聞くけど、見たことねぇな? どこ行ったんだ?」
「負けた後に皆殺しにされたんじゃないのか?」
「マジか……。怖ぇな」
「今代の獣王様も怖ろしい方だからな。万一、文句でも言ってそれを聞かれたら処刑されかねないぞ」
「やっべ」
猪人族の青年は慌てて口を押える。
そこで彼はふと気づく。
「……ん? おいおい、あれを見ろよ」
一転してニヤニヤと笑みを浮かべながら、猪人族の青年は指をさす。
そちらへ視線を向けて、豹人族の青年は同僚の反応の意味をすぐに理解した。
城の正門、つまりこちらに向かって堂々と近づいてくる獣人がいた。
門番の二人と似たような年齢の青年だが、随分と線が細い。
それもそのはず。
頭の上にぴんと立つ二本の耳は、まさしく兎のそれだった。
「兎人族が何の用だよ? まさか、自分からライオンに喰われにきたってのか? ぶははっ」
猪人族の青年は馬鹿にしたように噴き出す。
豹人族の同僚もまた、明らかに相手を見下すように鼻を鳴らした。
彼らの反応が示す通り、兎人族はバザにおいて最下層の種族とされている。
獣の兎も脆弱で気弱な草食動物であるが、兎人族もまた似たようなもの。
戦闘力を持たない種族など、彼ら獣人たちの価値観では嘲笑と搾取の対象でしかなかった。
兎人族の青年はやがて彼らのすぐ目の前までやってきた。
「どうしたのかなー、兎ちゃ~ん? もしかして迷子でちゅかー?」
猪人族の青年は嘲るような赤ちゃん言葉で話しかけた。
普通、弱い獣人は、獣としての本能ゆえか、強者を前にするだけで自然と怯え出すものだ。
猪人族の青年もまたそれをよく知っており、こんな赤ちゃん言葉だろうと、自分が近づけばそうした反応を示すだろうと予想していた。
しかり兎人族の青年は目を細めると、口端をゆっくりと吊り上げた。
まるで猪人族の青年を嘲笑うかのように。
「……ってめぇ、何だその反応は?」
予想外の態度を示され、猪人族の青年は苛立つ。
獣人にとって、格下の種族に反抗されることは大いなる屈辱なのだ。
「いや、猪人族はこの歳になってもまだ幼児と大差ない脳みそなのかなと思ってね」
「んだと!? てめぇ、もういっぺん言ってみやがれ!」
はっきりと馬鹿にされて、猪人族の青年の頭にかっと血が上る。
「くくっ、いや確かにこいつは頭が悪いが、まさか兎人族にまで言われるとは……」
「おいっ!? てめぇも何で笑ってやがる!? 喧嘩売ってんのか!?」
同僚が笑いを堪えているのに気づいて、彼は怒号を上げた。
「まぁ君たちのことなんて正直どうでもいい。そこをどいてくれないか? 僕は獣王に会いにきたんだ」
「っ……おいこら、いい加減にしろや?」
「兎人族ごときが、随分と偉そうな態度じゃないか。それに獣王様に会うだと? 身の程を弁えろ。この門を潜ることを許されているのはな、俺たちのような上位の種族だけだ」
「……許す? なるほど、もう少し正確に言うべきだったみたいだね」
怒りを露わにする門番たちへ、兎人族の青年は断言したのだった。
「獣王をぶっ倒しにきた。そこをどけ」
「「っ!?」」
不穏当極まりない発言に、息を飲む門番たち。
だがそれが兎人族から発せられたものであったため、むしろ滑稽さが先に立ったらしい。
さっきまでの憤りも忘れて彼らは笑い出した。
「ぶっ、ぶははははっ! やべぇっ、ちょ、マジで腹いて――」
「くく、くくくっ……まさか、こんな馬鹿な兎がいたと――」
そんな彼らから継ぎ句を奪ったのは、突如として現れた巨大な腕だった。
いずれも彼らの身体よりも大きく、その拳はまるで巨大な岩だ。
しかもこの城門前の道を形成している石畳と同じ材質でできているようだった。
それもそのはず、この腕はその石畳から生えてきたのだから。
「「――な!?」」
直後、拳が門番二人をまとめて殴り飛ばしていた。
十メートル以上も吹き飛んだ彼らは、城壁に激突して悶絶する。
「あははっ、あれだけ偉そうにしていながら、この程度か」
白目を剥いた二人を嘲弄する兎人族の青年。
その手には一本の剣が握り締められていた。
「ははっ、ははははっ! さすがは魔剣だ! 素晴らしい性能だよ! これがあれば、僕は王にさえなれる……!」
自らの力に酔ったように大きな笑い声を響かせながら、兎人族の青年は堂々と城門を潜っていった。
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