第30話 さすがです、ご主人様

「じゃあ、あの聖泉でのことは何だったんだ?」


 俺は思い出す。

 泉が赤く染まったことで、邪神の剣だと審判されてしまったのだ。


 エリエスは一瞬躊躇ったあと、


「て、天罰が怖かったの……っ! だから……その……も、もし本物だったら……こ、壊しちゃおうって……」


 つまり泉が赤く染まれば邪悪な剣であるという話は、真っ赤な嘘だったということか。

 ……赤だけに。


『ふふん、当然じゃ! 我は正真正銘の神剣じゃからのう!』


 ちなみに、あの泉は昔から神の力が宿ると言われていて、卜占などに利用されてきたとか。

 レアス神殿が作られた後、勝手にそれを聖域として認定し、神殿の管理下に置いたのだという。


「神具は?」

「あれは信徒たちがどこかで手に入れて、神殿に献納してきたものよ……。それをまるで私が神々から下賜されたかのように扱っていただけで……。だ、だから、本当に神具なのか、私には分からないわ……」


 もしかしたら、単にちょっと強力な特殊効果付きの武具というだけかもしれないわけか。


「う、嘘だろ……」

「今の今まで、騙されていたってこと……?」


 何十年もの間、秘匿され続けてきた事実が次々に暴露され、それを聞いていたゼルディアとスーヤが呆然としている。


「せ、聖騎士を続けるために結婚を諦めたってのに……!」

「わたしもよ! あの日、独身を貫く覚悟をしたのは何だったの!?」


 怒るのはそこなのか……?


「いや、あんたたちはその性格じゃ、どのみち貰ってくれる男なんていなかったと思うけどね。……あたしもだけれど」


 サラがぼそりと自虐交じりの毒を吐いた。


「そ、そもそも、何で神殿の構成員は独身でなければならないなんて制約があるんだ?」


 俺がずっと抱いていた疑問を投げかけると、


「だって、信徒たちが悪い虫がつかないようにとか言って排除しまくってくれたせいで、私は未だに独身なのよ!? もう百歳に近いっていうのに! 目の前に幸せな新婚なんかいたら我慢できないじゃない……!」

「……な、なるほど」


 途轍もなく個人的な理由だった。

 せめてもっと高尚な事情であってほしかった。


 ちなみに性に対して厳しかったり、神殿に女性しかいなかったりするのは、そうした独身制がいつの間にか拡大解釈されていった結果らしい。

 気づけば定着していたので、彼女もそのままにしておいたとか。

 いいのか、そんなんで。


 しかしこれ、完全に想定外の事態なんだが。

 どうすりゃいいんだ、これ?


「ウェヌスはどうしたい?」


 とりあえずウェヌスに訊いてみた。

 そもそも俺としては彼女に怨みがあるわけではない。

 俺的には和解できれば十分で、彼女を裁く気などなかった。


 だがウェヌスは命(?)を狙われたのだ。

 処遇を決める権利があるだろう。


「では、この神剣ウェヌス=ウィクト。愛と勝利の女神ヴィーネに代わり、こやつに神判を下そうではないか!」


 人化したウェヌスが現れ、床に跪くエリエスの前に立つ。

 その現象に目を瞠り一瞬驚きながらも、エリエスは大人しく首を垂れて赦し乞うた。


「……ど、どうか……寛大なご処置を……」

「うむ」


 ウェヌスは偉そうに頷いて胸を張りながら、威厳のある声(ただし幼女の声だが)で告げたのだった。


「お主はこれより、我の使い手たるこの男、ルーカスの眷姫になるのじゃ!」


 ……おい、ちょっと待て。






 色々と話し合った結果、彼女には今まで通り聖女を続けてもらうことになった。


 幸い真実を知ったのは俺たちと聖騎士団の隊長陣だけ。

 俺たちがこのまま黙っていれば、聖女とレアス神殿の権威が揺らぐことはないはずだ。


「……その方が色々と平和だろうしな」


 多くの信者を抱えている大神殿の神託が偽りだったなど、これまで保たれていた秩序を崩壊しかねない大惨事だ。

 きっと世の中はパニックに陥るだろう。

 騙されていたと知り、信徒たちが暴徒化する可能性もある。


 もちろんそれは俺の望むところではない。


「お帰りなさいませ、ご主人様! ご無事で何よりです!」


 セレスの屋敷に戻ると、イレイラが出迎えてくれた。

 聖騎士たちの襲撃を受け、そのまま何も言わずに神殿に向かったため、随分と心配させてしまったようだ。


 ちなみにセレスは神殿に残っている。

 他の隊長陣もだ。


 まだ困惑から抜け出し切れていない彼女たちだったが、面倒な噂が外へと広がらないように、今回の一件について早いうちに神殿関係者へ上手く説明しておく必要があるからだ。


 ――だというのに、


「お邪魔するわ」

「……いや、何でついて来てんだよ」


 しれっと交ざっていた人物へ、俺は半眼を向けた。

 エリエスである。


 元々彼女は常に神殿の最奥に引っ込んでいて、表立ったことはすべて幹部連中が行っていたらしい。

 なので今回の事後処理も任せ切りにしているのだろうが、だからって中心人物が神殿から離れるのはいかがなものか。


「だって! まだ眷姫にしてもらってないもの!」

「だからする気はねぇって」

「どうして!? ようやく私も結婚できると思ったのに! やっぱり十代じゃないとダメなの!?」


 ……どいつもこいつも。


「おい、アホ剣。お前があんなこと言うからだぞ?」

「くくく、いいではないか。やはり聖女の一人や二人、ハーレムに欲しいところじゃしのう。なにせ、響きだけですでにエロい」


 邪神の剣扱いされてあれだけ怒っていたくせに……。


「ブスじゃったら斬り捨てておったかもしれんがの」

「やっぱりお前、本当はヤバイ剣なんじゃなのか?」


 イレイラが困惑した様子で訊いてくる。


「えっと、そちらの方は……?」

「私はエリエスよ」

「エリエス……? って、ええええええっ!? 何で聖女様が!? ま、まさか、ご主人様っ、聖女様まで落しちゃったんですかぁぁぁっ!?」


 驚愕の声を上げるイレイラ。


「さすがです、ご主人様!」


 全然嬉しくねぇ。


「ねぇ、あ、な、た」

「誰があなただ」


 エリエスはどこからともなく一本のボトルを取り出した。


「神殿の地下で管理していた五十年物の葡萄酒よ。一緒に飲みましょ?」

「五十年物!?」


 どんだけ熟成されてるんだよ。

 当然ながらそんな葡萄酒、飲んだことあるはずもなく、一度でいいからぜひ飲んでみた――


「って、その手には乗るか! もう俺はこれ以上、眷姫を増やさないって決めたんだよ!」


 俺は意志の力で酒への欲求を捻じ伏せ、突っ撥ねる。


「セレス殿を眷姫にする前もそんなことを言っていた気がするが」

「リューナさんの前にも言ってたよ?」

「違うわ。クルシェの前からよ」


 アリアたちが何やら言っていたが、俺は聞こえなかったふりをした。

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