第29話 まだ死にたくないの!

「本当にいいのか?」

「良いもなにも、あたしらではあんたたちを止めることなんて不可能だからね。あんたたちがかなり手加減してくれてたってことくらい分からないほど、あたしの目は節穴じゃないさ」


 第五騎士隊の隊長であるサラは、こっちが拍子抜けしてしまうくらい、あっけらかんと言う。


「それにあんたたちが聖女様を害するような連中には、あたしには見えないしね」

「もちろんそんな気はないから安心してくれ」


 思いのほか、話の分かる相手で助かった。

 最年長らしき彼女の判断に、他の聖騎士たちも概ね同意し、矛を収めてくれている。


「何で第五騎士隊隊長のてめぇが勝手に決めてんだよっ! あたしの方が序列は上なんだからなっ!」


 中にはゼルディアのように喚いている奴もいるが。


「うるさいわよ、あんた。大人しく負けを認めなさい」

「スーヤ! てめぇまで……っ! くそっ、あたしは知らねぇぞ! 聖女様に怒られても、てめぇらのせいだからなっ!」


 そんな感じで隊長陣たちの意見がまとまり、俺たちは何の障害も無く神殿のさらに奥へと進むことができるようになった。


 セレスの案内で、聖女の下へと向かう。

 一応、ゼルディア、スーヤ、サラの三人の隊長たちも後を付いてきた。


 やがて、やたらと豪奢な装飾が施された扉へと辿り着く。


「聖女様はこの先にいらっしゃるはずです」


 と、セレス。


『ふん! ついに聖女とやらの顔を拝むことができるの! どんな輩か知らぬが、この我が看破してやるわい!』


 両開きのその扉を開けて、俺たちは部屋の中へと足を踏み入れた。


 礼拝堂のような厳かな雰囲気で満ちた空間で、かなり広い。

 その最奥に一人の女性の姿があった。


「まさか、ここまで来るなんて」


 そう呟いて聖座から立ち上がると、彼女は前方にあった階段をゆっくりと降りてきた。


 想像していた以上に美しい女性だった。


 整った顔立ちに、長く伸ばした淡い金の頭髪。

 背が高く、すらりとした細身の体型だ。


 確かに二十くらいにしか見えないな。

 セレスが言うには、数年前に引退した聖騎士がこの神殿に来たときからまったく容姿が変わっていないという。


 彼女こそがこのレアス神殿の長、聖女エリエスだろう。


 さて……果たして上手くいくもんかな……?

 俺、こうした交渉事なんて全然したことないし、戦うよりよっぽど大変そうだ。


 緊張と暗澹とした気持ちで思わず身体を硬くしていると、彼女は俺のすぐ目の前まで歩いてきて――



「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁっ!」



 ――いきなり平身低頭で謝罪してきた。


「……は?」


 唖然とする俺の目の前で、聖女エリエスは跪いて必死に頭を下げてくる。


「どうかっ、どうか命だけはお許しを……っ!」


 ……何が起こってるんだ、これは?

 大神殿の最高指導者であるはずの聖女が、俺に命乞いをしてきている?


 もしかして聖女って普段からこんな感じなのか? と、あり得ないと思いつつも隣のセレスへ視線をやると、彼女も呆然としていた。


「聖女様……?」

「こ、これは一体……」


 他の隊長陣も同様だ。

 どうやら普段から説は間違いらしい。


「お願い! まだ死にたくないの!」


 涙と鼻水を溢れさせながら、俺の腰に縋りついて懇願してくる聖女。


「か、身体なら好きにしてくれてもいいから!」


 おい、なんか今、どう考えても聖女のものとは思えない台詞が飛び出してきた気がするんだが……?


 ……き、気のせいだな、うん。

 そう思うことにした。


「とりあえず落ち着いてくれ」

「わ、私を許してくれるの? 殺さないでくれるの?」

「いや、殺す気なんてないから」

「ほんと?」

「あ、ああ、本当だ」


 俺が頷くと、それでようやく安堵したのか、聖女はホッとした表情で俺から離れてくれた。


 しばらくして、彼女は自分から白状し始めた。


「私、本当は神託を受けることなんてできないの……」


 ……お、おう。

 いきなり核心中の核心から暴露してくれたな……。


 セレスや隊長陣が絶句としている。


「ただ治癒の力を持っているだけの、普通の女の子だったのよ……。なのに、この力で癒してあげた人たちが、だんだんと私のことを聖女だなんて呼び始めて……」


 そうして聖女エリエスが語ってくれたところによると。


 彼女は元々、貧しい農村の生まれだったらしい。

 当時、ここセントグラの全土は、諸侯が争い合う戦乱の真っただ中。

 特別な治癒の能力を有していたことから、彼女は領主に目を付けられ、強制的に戦場へと駆り出されたのだとか。


 そこで癒しの力を使い、次々と負傷兵たちを治療していく中で、次第に兵士たちから尊敬――いや、崇拝されるようになっていったそうだ。


 やがて戦乱の世が終わり。

 気づけば彼女は聖女などと呼ばれるようになっていた。

 さらには誰が言い出したのか、神託を受けることができるとまで言われ出す。


 否定することもできた。

 だがそこで彼女は思ったのだという。


 もう二度と戦乱を繰り返さないために、この偽りが利用できるのではないか、と。


「……そうして私はこの神殿を作り、国内外に大きな発言力を持つようになったの。そのお陰で、大きな戦いを避けることができたこともあったわ」


 別段誇るわけでもなく、彼女は言う。

 未だ若々しい容姿を保っているにもかかわらず、むしろその表情にはどこか疲労感が滲んでいた。


 ずっと世間を欺き続けてきたことに、少なからず罪悪感を覚えていたのかもしれない。

 しかも他人に相談するわけにもいかず、一人で抱え込んできたのだろう。


 セレスが恐る恐る訊ねた。


「で、では、今まで神託だとして、信徒たちに語られていたことは……?」

「もちろんすべて私が考えたのよ……」


 聖女が観念したように告げると、ウェヌスが勝ち誇るように叫んだ。


『だから言ったじゃろう! 女神ヴィーネがハーレムを否定するなどあり得ぬとな!』


 ……むしろ俺は聖女の価値観の方を支持したい。

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