第28話 綺麗な身体のままで

「う、嘘だろう? あたしの真空斬りを、一体どうやって……」


 必殺の一撃を防がれて、第五騎士隊隊長のおばさん聖騎士、サラが唖然としている。


「ちぃっ! てめぇら一斉にかかれ! 数で圧倒すりゃあこっちのもんだ!」


 舌打ちを零してから、そう隊員たちに命じたのはゼルディアだ。

 ハッとしたように聖騎士たちが慌てて武器を構え直し、そして次々と躍り掛かってきた。


 確かにこれだけの人数に取り囲まれて、一度に攻撃を仕掛けてこられれば、さすがに一溜りもないだろう。

 ……ならば、近づけさせなければいいだけだ。


「暴風障壁(ハリケーンウォール)」


 リューナが〈気流支配〉の能力により風の壁を作り出した。

 正確には凄まじい速度で回転する大気の渦である。


「っ!?」

「ちょっ、何これっ?」

「ぶ、ぶつかる!」


 殺到する聖騎士たちは勢いを止めることができず、前にいた者から次々とその壁に激突していった。


「きゃあっ!?」

「ひゃっ!」

「うぎゃ?」


 そして吹き飛んでいく。

 しかも後ろにいた者たちとぶつかり合って、まるで雪崩のように陣形が崩れていき、あっという間に大混乱である。


「ち、近づくことすらできないなんて……っ?」


 先陣の二の舞いになってはごめんだと、後方にいた聖騎士たちが慌てて足を止めた。


「風は殺傷力こそ低いが、多数を相手取るには向いている」

「まぁこんな状況とは言え、相手は全員女性だからな。できる限り怪我を負わせずに無力化してやりたい」


 アリアの炎だと一生消えない傷になる可能性があるため、人間相手には使い辛かった。

 俺の斬撃はなおさらで、下手したら殺してしまいかねない。


『うむ。つまり、綺麗な身体のままで抱きたいってことじゃな』


 そうじゃねぇ。


「わ、わたしたち聖騎士を舐めないでもらえるかしら……っ!」


 しかしそんな中、レイピアを風に突き立て、それを起点にして無理やり壁を突破してきた女性がいた。

 第四騎士隊隊長のスーヤだ。

 ……暴風を顔面から浴びているので、ちょっと見てはいけない感じの顔になっている。


「そうはさせない」

「ぶっ!?」


 せっかく頑張って通り抜けた直後に、リューナが集束させた風の渦をぶつけた。

 スーヤは宙を舞って遥か後方まで飛んで行ってしまった。


「隊長!?」

「スーヤ隊長!」


 聖騎士たちの悲鳴が上がる。


「くそがっ! ……おいッ、こいつがどうなってもいいのかよ!」


 怒声を轟かせたのはゼルディアだった。

 視線を向けると、彼女はセレスの喉首に剣の切っ先を突きつけていた。


 どうやらセレスを人質にするつもりらしい。

 ……聖騎士のくせに完全に悪役のやり方だな。


「た、隊長っ、さすがにそういうマネは……」

「聖騎士として相応しい行為ではないように……」


 隊員の中には眉をひそめる者もいたが、


「うるせぇ! どんな手を使ってでも、うちらが負けるわけにはいかねぇんだよ! 聖騎士の使命は神殿と聖女様を護ることだろうが! くだらねぇプライドに惑わされて、それを忘れるんじゃねぇよ!」


 ゼルディアはそう鋭く一喝する。


「それにこいつはすでに邪神の手先に成り下がったとはいえ、元は聖騎士。最後に聖女様のために役立つことができりゃあ、少しは贖罪に――ぶごっ!?」


 いきなり汚い悲鳴を上げて、ゼルディアは吹っ飛ばされていた。

 地面に引っくり返った彼女は、セレスの周囲を覆う不思議な光壁を見て瞠目する。


「な……っ、け、結界だとっ!? しかもその盾っ……てめぇの神具は破壊されたんじゃなかったのかよっ!?」

「はい、その通りです」


 狼狽えるゼルディアへ、セレスは落ち着いた口調で答える。

 両手両足を拘束され、身動きを封じられている彼女だったが、その身体の前に淡く発光する円形の盾が出現していた。

 それはまるで夜空に浮かぶ満月のようで、


「これはわたくしが新たにいただいた疑似神具――〝月鏡(げっきょう)〟」

「はっ、てめぇは邪神から力まで受け取りやがったのかっ! んなもん、あたしの正真正銘の神具で――は?」


 ゼルディアが放った雷撃は、セレスを護る光壁に当たった瞬間、その向きを真逆に変え、ゼルディア自身に襲いかかった。


「――ぎやあああっ!?」


 月鏡の持つ【固有能力】は〈万能結界〉。


 最初にゼルディアを吹き飛ばしたのは、圏内から敵対存在を強制的に弾き飛ばす結界だ。

 さらに今、雷撃を弾き返したように、受けた攻撃をそっくりそのまま反射させる能力を有した結界を生み出すこともできるらしい。


『あのちゃちな神具には、そこまでの性能などなかったじゃろう? その事実一つ取ってみても、我の方が遥かに優れた神具であることが分かるはずじゃ!』


 足枷を嵌められて動きを制限されていなければ、セレスは単身でも神殿から逃げ出せたかもしれないんだがな。

 さすがに聖女様の前で戦闘行為を行うわけにはいかず、大人しく捕まってしまったという。


 ゼルディアは忌々しげに顔を歪め、隊員たちに叫んだ。


「くそっ……! おいっ、地下牢に捕えた連中を連れてこい! あいつらを人質に――」

「――残念だけど、すでに助けさせてもらったよ?」


 割り込んできたのはクルシェの声だった。


「セレス隊長! 御無事でしたか!」

「あ、貴方たちこそ……!」


 クルシェの後ろには、ソフィたちの姿があった。

 彼女たちも洗脳の疑いありとのことで審問を受け、捕えられていたのである。


 影に潜めるクルシェには、秘かに彼女たちを救出に向かってもらっていたのだった。


「ばうばう!」


 クウの嗅覚で地下牢の場所を突き止めたようだ。

 ……神殿に入るときに置き去りにしてしまったが、その後にちゃんと合流したのだろう。


「ルーカス様!」


 俺がセレスを拘束していた枷をウェヌスで斬り裂くと、自由の身になった彼女が抱きついてくる。


「……ありがとうございます」

「お、おう」


 周り、めっちゃ見てるんだけどな……?


「あのセレスティーネ隊長が、自分から男に抱きつくなんて……」

「あんな表情、初めて見た……」


 しかも今までの彼女との差があまりにも激しかったのか、その様子を見ていた聖騎士たちが信じられないといった顔で呆然としている。


「……仕方ないさね。あたしらの負けだ」

「サラ隊長!? 何をっ……」

「どのみち、あたしらではこいつらを撃退するのは不可能さ。それくらい、誰もがもう理解しているだろう?」


 最年長の聖騎士の言葉に、皆が口を噤む。


「ふ、ふざけんじゃねぇ! まだやれる!」


 ゼルディアだけはそう咆えているが、先ほど雷撃を浴びたその身体はもはや満身創痍のようで、立っているだけでやっとといった様子だった。

 それもあってか、聖騎士たちの間から戦意が失われていく。


 ……どうやら後は聖女様と話をつけるだけのようだな。

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