第27話 美しい氷漬けにしてあげる
侵入者を排除しようとする聖騎士たちを蹴散らしつつ、俺たちは神殿の奥へと進んでいった。
やがて、広々とした空間へと辿り着く。
「セレス!」
「ルーカス様……!」
その部屋には幾つもの柱が立っていて、手足を拘束された状態でセレスはその内の一つに磔にされていた。
すぐに助けに行こうとするが、
「そこまでだぜ」
柱の背後から一人の女性が現れる。
さらに他の柱からも次々と騎士たちが姿を見せた。
「あたしは聖騎士団第二騎士隊隊長、ゼルディア。ジーナからは逃げたと聞いていたが、まさか自分からのこのこ敵地に乗り込んできてくれるなんてよ。手間が省けて助かったぜ。邪神の手先のくせに、女一人を命がけで助けにくるたぁな」
最初の女性が嘲るように言う。
口調も乱暴で、聖騎士というより、どことなく盗賊の女頭領といった雰囲気の女性だ。
年齢は三十くらいだろうか。
「くく、てめぇはここまで順調に入り込んだと思っているかもしれねぇけどよ、残念ながら誘導されてたんだぜ? 神殿への侵入者を迎え撃つために設けられたこの場所になァ」
道理でここまで防衛が甘かったわけだ。
聖騎士の数も少なく、散発的に攻撃してくるだけだったからな。
襲撃の報告を受けてすぐ、この場所に人員の大部分を集合させたのだろう。
どこからともなく続々と聖騎士たちが現れ、今や七、八十人にも達している。
もっとも、こっちとしてもそれを承知であえてここまで来たのだが。
そもそも捕まっているセレスを通じて、相手の情報は筒抜けだったからな。
『気をつけてください。ゼルディア隊長の持つ剣は、雷神が作ったとされる神具です。振るうだけで雷撃を放つことができます』
今も、念話を通じてセレスが教えてくれる。
『それに第四騎士隊、第五騎士隊の隊長たちにも注意してください。皆、赤いマントを羽織っているのでそれで区別が付くかと思います』
聖騎士団の各隊の隊長は代々、神具を受け継いでいるという。
全部で第五まであるらしく、つまり神具の数も五つ。
第三騎士隊の隊長は屋敷で撒いたからこの場にいない。
第一騎士隊の隊長kったセレスを除けば、それ以外は全員、この場に集結しているということになるわけか。
「さあて、とっととおっぱじめようぜぇ!」
ゼルディアが早速とばかりに腰から抜いた剣を振るった。
直後、そこから閃光が迸り、こちらへと紫電の槍が飛来してきた。
「っ!」
俺は咄嗟にウェヌスを盾にしてそれを受け止める。
「おっと、さすがにいきなり出力が強過ぎちまったか。これは最初の一撃で黒焦げにしちまったかも――っ!?」
ゼルディアが息を呑んだ。
「ビリッとしたな」
『うむ。しかしこの程度の雷撃など取るに足らぬわ。どうやらあれも、せいぜい下級の神か天使が生み出したものじゃろう』
刀身で受け止めた雷撃は、柄を握る俺の手にまで伝わってきたが、ちょっと痛かったという程度のものだった。
火傷一つ負ってはいない。
「な……っ!? ど、どういうことだ、てめぇ!? 何でぴんぴんしてやがるっ?」
ゼルディアが信じられないとばかりに叫ぶ中、別の隊長と思われる女性がレイピアを手に前に出てきた。
ゼルディアと同じくらいの歳だろうか。
細身の美女である。
……ただし化粧が濃く、ちょっと若作りしている印象はあるが。
「どうやらあの剣、受けた攻撃を自動的に受け流す能力をもっているようね」
いやそんなのないけどな?
『ないことはないぞ? そもそも我の刀身は、物理衝撃や魔法攻撃を吸収する特殊な金属でできておるからの』
あながち的外れではなかったらしい。
その女性が名乗りを上げる。
「第四騎士隊隊長、スーヤ=グランドラと言うわ。あなたたち全員、このわたしが美しい氷漬けにしてあげる」
まるで指揮棒を振るうかのような優雅さで、彼女はレイピアを操った。
すると空中に現れたのは、無数の小さな氷の塊だ。
雪と雹の中間ぐらいの大きさ。
「さあ、お行なさい」
彼女がレイピアを縦に一閃させると、次の瞬間、氷塊がまるで横殴りの豪雨のように一斉にこちらへと飛んでくる。
「これだけの氷、さすがに剣で防ぐことなんて不可能でしょう? それに逃げても無駄よ。的に当てることで精一杯などこかの火力馬鹿と違って、わたしの操る氷はどこまでもターゲットを追い続けるわ」
視界が真っ白に染まった。
氷の嵐が俺たちを蹂躙するように吹き荒れ、やがてゆっくりと収まっていく。
「ふふふ、どうかしら、わたしの氷のお味は? と訊ねてみても、唇が固まって声すら出せない状態でしょうけれ――っ!?」
今度はスーヤが息を呑んだ。
まるで先ほどの焼き直しのようだな。
俺たちの周囲を覆うのは、赤々と燃え盛る炎の渦だ。
それが氷の嵐を完璧に防いでくれたお陰で、まったくの無傷。
もちろんアリアの紅姫で生み出した炎である。
「隊長の攻撃が効いていない……?」
「このレアス神殿が誇る神具なのよ……っ?」
「あの邪神の剣、二つ以上も能力を使えるっていうんですの!?」
二度も神具の攻撃を防がれたことで、周囲を取り囲んでいる聖騎士たちに動揺が走った。
それを一喝する声があった。
「狼狽えるんじゃないよ!」
「さ、サラ隊長……っ!」
サラと呼ばれた彼女は恐らく、残る第五騎士隊の隊長だろう。
隊長陣の中では一番の年長のようで、四十過ぎのおばちゃんである。
だが女性とは思えない体格の持ち主で、その武器は巨大な戦斧だった。
「お前たち、もっと神具の力を信じな。今のはこの二人が威力を押えすぎたせいさ。本気を出せば、邪神の眷族なんて軽く蹴散らせるんだよ。……こんなふうにねっ!」
サラがまるで地面に叩き付けんばかりの勢いで、豪快に戦斧を振り下ろした。
すると発生したのは真空の刃だ。
「出たわ! サラ隊長の真空斬り!」
「聖銀石すら破壊する一撃よ!」
「あの連中、今度こそ確実に死んだわね!」
勝利を確信したのか、聖騎士たちが口々に叫ぶ。
「……しまったね。死体の処理が大変そ――っ!?」
次の瞬間、俺たちの眼前で真空の刃はあっさりと霧散してしまった。
「この程度の真空刃など、私には効かない」
リューナが天穹の力を使ったのである。
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