第25話 これは聖女様の御命令さ

 神殿の最奥。

 ごく限られた者しか入室を許されない特別な部屋へと、セレスティーネは足を踏み入れていた。


「……聖騎士団第一騎士隊隊長、セレスティーネ=トライア、聖泉での審問を終え、その報告に参りました」


 さすがの彼女も、緊張で微かに声が震えてしまう。

 それもそのはず。

 大神殿のトップ、聖女エリエスに直接、審問の結果を伝えにきたのだ。


 床に跪くセレスティーネ。

 その手前には数段の階段があり、その上から聖女エリエスその人がこちらを見下ろしていた。


 淡い金色の髪を長く伸ばし、特別な祭服に身を包んでいる。

 目鼻立ちのくっきりした顔をしていて、常人の寿命を遥かに越える時を生きていながら、まだ二十歳かそこらにしか見えない。

 彼女が持つ癒しの力が、自らの老化を押し留めているのだと言われていた。


 その変わらない美貌から、信者たちの中には、彼女こそがこの下界に顕現した女神様だと主張する者もいるほどだ。


「ご苦労様。それで、どうだったのかしら?」


 労いの言葉もそこそこに、聖女エリエスは早速とばかりに問いかけてくる。

 彼女は普段からあまり感情を表には出さず、厳格な人物としても知られていた。


「……は、はい」


 セレスティーネは乾いた唇を舌で湿らせながら、隠すことなくすべてを語った。






 セレスティーネが聖女エリエスに謁見している間。


 入室を許されていないソフィ、スエラ、サリー、シアナの隊員四人は、控室にて祈るような心地で隊長が戻ってくるのを待っていた。


 そしておよそ半刻が過ぎた頃。

 随分と長いですね……と、四人の誰かが不安げに呟いたそのときだった。

 突然、その控室の扉が乱暴に開かれ、中に武装した聖騎士たち数人が雪崩れ込んでくる。


「なっ……」

「これは一体……?」


 予期せぬ事態に目を見開く彼女たちへ、同僚であるはずの聖騎士たちが各々の武器を突きつけてきて、


「動くな!」

「下手なマネをしたら命はないものと思え!」


 彼らはソフィたちが所属している第一騎士隊の隊員たちではなかった。

 恐らく第二騎士隊だ。

 少し遅れて、真紅のマントを羽織った女性が部屋に入ってきたことで、それが確認できた。


「これはどういうことですか、ゼルディア第二騎士隊隊隊長!?」


 ソフィが目つきを鋭くして問う。


 その三十がらみの女性――聖騎士団の第二騎士隊で隊長を務めるゼルディアは、どこか勝ち誇ったような表情で応じた。


「どうもこうも、てめぇらの隊長のせいだろうが?」

「っ……!」


 ソフィたちが血相を変える様子を見て、ゼルディアは可笑しそうに口端を吊り上げる。

 ……実は彼女は、第一騎士隊隊の隊長の座をセレスティーネに奪われたことを妬んでいるのだ。


「あの小娘、邪神の剣を破壊しようとして、逆に洗脳されちまったみてぇだからな。残念ながら処刑されることになったのさ。まさにミイラ取りがミイラになるってやつだな、くくく」

「そ、そんなっ……!?」

「幾ら神具に認められたっつても、まだまだ筆頭隊長になるのは早かったみたいだなァ。挙句、その神具を破壊されちまうなんてよ。当然、聖騎士団の歴史に泥を塗ったどころの話じゃ済まされねぇ」


 愕然とするソフィたちへ、ゼルディアはさらに厳しい状況を突きつける。


「それで、てめぇらも洗脳の疑いがあるってことで、これからあたしが厳しい取り調べをさせてもらうことになったってわけ。無論、これは聖女様の御命令だ。抵抗したって無駄だぜ?」


 おい、てめぇら、こいつら連れていきな。

 ゼルディアがそう乱暴に命じると、彼女の隊の隊員たちが一斉に動き出し、抵抗する間もなく拘束されてしまったのだった。



   ◇ ◇ ◇




 セレスたちが神殿に出発した後。

 彼女の屋敷に残された俺たちは、その報告を不安とともに待っていた。


「セレスはああ言っていたけど、実際のところどうなのかしら?」

「……彼女には悪いが、正直、俺はあまり期待できないと思うな」


 アリアの疑問に、俺は自身の率直な考えを示す。


 教義的な対立ってのは、解消が最も難しいものの一つだと相場が決まってるからな。


「ふん、何が聖女じゃ! どこの馬の骨か知らぬが、神々から神託を受けることができるじゃと? どう考えても大嘘つき者じゃのう! 本当にヴィーネの考えを知っておったら、ハーレムに異を唱えるはずがなかろう!」


 ウェヌスが鼻息荒く断言する。


「むしろその者こそ怪しいもんじゃの! こっちこそ、そやつの正体を暴いてくれるわ!」


 さらにそう息巻くが、


「いや、相手は大神殿の最高指導者だぞ? もしそうなったら、割ととんでもないことになると思うんだが……」


 俺はその聖女様とやらに会ったことはないし、彼女の神託が正しいのか判別もつかない。

 だがこの国最大の神殿であるレアス神殿は、各地に大勢の信者がいるのだ。


 もちろん王宮もその意見を無視することはできない。

 王都にも支殿があって連日礼拝者で賑わっているし、孤児院などの福祉施設も多数経営していて、その影響力は非常に大きい。


 そんな聖女様の神託が間違いだったとなれば、混乱は必至だ。


「……むしろこのチビっ子が間違いだった方が世の中は平和だろうな、うん」

「お主がそれを言うでない!?」


 仮にそうだった場合、とにかく可哀想なのがセレスだろう。

 ……どーすんだろ。


「それは心配要らないわ」

「うんうん」

「私もそう思う」


 なぜかアリアたちがきっぱりと否定してくる。


「だって、あなたが幸せにしてあげればいいだけじゃない」

「お、おう……」


 まぁそうだな……。

 俺が彼女を聖職者から女にしてしまった以上、ちゃんと責任を取るつもりだ。


 しかし気づけば四人……うっ、頭が……。


 と、そのときだった。


『……ルーカス様っ』


 セレスからの念話が入ってきた。

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