第24話 二十歳を過ぎたら捨てられちゃう

「だから、そんな気はねぇって」


 俺は半ばウンザリとしながら言った。


 セレスティーネが俺の眷姫になったことを知った四人の隊員たちが、自分たちもぜひ抱いてほしいとさっきから執拗に訴えてきているのだ。


「なぜですか!? 私もセレス隊長と同じ世界を知りたいのです!」


 そう懸命に主張してくるのは、ソフィという名の聖騎士である。

 年齢は二十歳らしく、セレスティーネの一つ年上だ。

 短髪のせいかボーイッシュな印象を受ける女性だが、顔立ちはしっかりと整っている。


「ぜひお願いします! 尊敬する隊長のためならば、この身を捧げる覚悟があります!」


 彼女はスエラだ。

 二十四歳と、この中では最年長らしい。

 身長も一番高く、俺とあまり目線が変わらない。

 スタイルの良い長身美女、といった感じである。


「ルーカス様、どうか」


 サリーは二十三歳だという。

 セレスティーネほどではないが、なかなか立派な胸を持っていて、おっとりとしたタイプの美人である。

 四人の中ではもっとも落ち着いている印象だが、懇願してくるその瞳は真剣そのものだった。


「貴方様の女にしてください!」


 シアナはこの中で一番背が低く、見た目はちょっと幼く見えるが、年齢はサリーと同じ二十三歳だ。

 美人と形容してもおかしくはないが、どちらかと言えば可愛らしい感じの女性である。


 ……何でまたそろいもそろって美人ばっかりなんだろうな。


 そんな四人が、こんなおっさんへ一斉に「抱いてほしい」と迫ってくるのだ。

 どう考えても異様な光景である。


 ちなみに全員が独身らしい。


 そもそも聖騎士であるには独身であることが条件らしく、だからこそ若い隊員が多く、結婚したら神殿を離れなければならないとか。

 これは祭事などを取り仕切っている神官たちにも当てはまるそうだ。


 さらに付け加えれば、トップが聖女であるゆえなのか、神殿に所属している者たちはその大半が女性なのだという。

 隊長のセレスティーネをはじめ、女性ばかりなわけだ。


「しかも婚前交渉が禁じられているということは、全員漏れなく処女ということじゃな!」


 ウェヌスが嬉しそうに叫んでいる。


「だいたい隊長と隊員なんてただの上司と部下の関係じゃないのか? 何でそこまで慕ってんだ?」


 俺がさっきからずっと疑問に思っていた点を指摘をすると、四人の美女たちは「当然です!」と声を揃えて叫んだ。


「僅か十二歳にして聖騎士に任命された神童! それがセレス隊長です!」

「しかもなんと十代にして、筆頭の第一騎士隊の隊長に就任!」

「強さと勇敢さに加え、女神様のような美貌! そして誰に対しても分け隔てなく接してくださる優しさ!」

「セレス隊長は我々の憧れの的なのです!」


 お、おう……。


「だからって、聖女の教えより優先するのは聖騎士として大丈夫なのか……? いや俺が言うのもなんだが」


 彼女たちはバツが悪そうに釈明した。


「も、もちろん、聖女様のことも慕っていますが……」

「一聖騎士の分際では、滅多にお会いする機会はありませんし……」

「あまりその凄さを実感する機会がないといいますか……」

「かなり遠い存在なんですよね……」


 意外とその辺は世俗の感覚と同じらしかった。


「とにかく。俺はこれ以上、眷姫を増やすつもりはない」


 きっぱりと告げると、ソフィが恐る恐る訊いてきた。


「……や、やはり、十代の少女でなければいけないのですか?」


 そんなこと一言も言ってない。

 何でどいつもこいつも俺を十代専門扱いするんですかね?


「くくく、それはもちろん、お主の眷姫が全員、十代だからじゃろう」


 ……そうなんだよな。

 新しく加わった一番年上のセレスティーネですら十九歳だ。


 別にそういう趣味じゃないからな?

 たまたまそうなってしまっただけだからな?


「ぼく、二十歳を過ぎたら捨てられちゃうの……?」

「いやいや、そんなことはないって」


 悲愴な顔になるクルシェへ、はっきりと否定する。


「安心しろ。……ちゃんと、幾つになっても愛し続けてやるから」


 な、なんか、めちゃくちゃ恥ずかしい台詞だな……。


「えへへ……」


 クルシェは嬉しそうに、ほにゃっと頬を緩めた。


「アリアたちもだからな」

「わたしも一生あなたに付いていくわ?」

「私もだ。そしてルーカス殿が死ぬとき、私も共に死のうと思う」


 いやリューナ、さすがにそれはよしてくれ。


「あ、あの……わたくしは……?」


 セレスティーネが恐る恐る訪ねてくる。


「もちろん、セレスティーネもだから」

「で、できればセレスと愛称で呼んでください」

「わ、分かった。……セレス」

「……はい」


 幸せを噛み締めるように頷くセレスティ……セレス。


「ああ、セレス隊長のあんなに嬉しそうなお顔、初めて見ました!」

「やはりあそこにこそ真の幸せがあるのですね!」


 そんなことを口々に叫ぶ聖騎士たちを見ながら、一人蚊帳の外に置かれていた兎人族の少女が声を震わせていた。


「……やべぇぞ、これ……。もしかしてアタシ以外の全員が、アイツに洗脳されてやがるんじゃねぇか……?」






 それから俺たちは森を出て、レアスの街へと帰還した。

 セレスの屋敷へ戻り、一晩泊まると、その翌朝、


「それではルーカス様、行ってまいります」

「ああ。……けど、本当に大丈夫なのか?」


 これから神殿に赴くセレスを、俺は玄関で見送っていた。

 聖女に一連のことを報告しに行くのだ。


「はい。きっと聖女様ならばご理解いただけることでしょう。わたくしに任せてください」


 彼女は自信ありげに頷く。

 まぁ俺は神殿ことについてはまったくの無知だし、任せるしかないのだが……やはり不安は尽きない。


「た、ただ……その……ひ、一つだけ、お願いしてもいいですか……?」


 不意にたどたどしくなって、そんなことを言ってくるセレス。


「……? 俺にできることなら」

「で、では、そのっ…………お、お出かけの……き、キスをしてくれませんかっ……?」


 顔を真っ赤にしているから何かと思ったら、ねだってきたのはそんなことだった。


『ええのうええのう! まさしく初々しい新妻じゃ!』


 そうして唇を重ねて彼女を送り出した後――


「彼女だけズルいわ」

「うんうん!」

「私たちにもしてほしい」


 その様子を見ていたアリアたちからも、せがまれてしまったのだった。

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