第23話 下手くそな口笛で誤魔化すな

 朝が来た。

 テントの中で目を覚ました俺は、すぐに自分の頭が物凄く柔らかいものに包まれていることに気づく。


 両頬を優しく圧迫する心地よい温もり。

 毛布とはまた違う、安心感を覚える至福の感触は、このまま永遠に眠り続けていたいと思ってしまうほど。


 それにミルクのような甘い匂いがして、とても美味しそうだ。

 思わず吸いついてしまいそうになる。


 はむっ、と甘噛みしてみた。


「んっ……」


 すると頭上から艶めかしい音が降ってくる。


 ……は?


 嫌な予感がして恐る恐る顔を上げてみると……

 セレスティーネの寝顔がそこにあった。


 そこでようやく気がつく。

 俺は今、彼女の豊満な胸の谷間に顔を挟み込んでいるのだということに。


「っ!?」


 慌てて飛び退くと、裸体に毛布を掛けただけのセレスティーネがそこにいた。


「……ヤっちまった……」


 昨晩、己が仕出かした所業を思い出して項垂れる。

 またしても一人の少女の初めてを、この手で摘み取ってしまったのだ。


「ていうか、何でだよ……」


 彼女の思想から言って、絶対にあり得ないはずだった。

 なのにどういうわけか、俺に抱かれるために自分からテントにやってきたのである。

 一体、何がどうなればそんな急激な心変わりが起こるのか。


「……まぁ何にせよ」


 ヤってしまった以上、仕方がない。

 ちゃんと責任を取らなければならないだろう。


 これで四人目……。

 望んでないのに、どんどん眷姫が増えていくんだが……。


「そ、そこは……ダメ、です……んっ……」


 一体どんな夢を見ているのか。

 色々と想像してしまいそうな寝言を、彼女はその艶めいた唇から漏らしている。


 ……エロい。

 とてもエロい。


 アリアたちより少し年上ということもあるだろうが、その身体からは熟れた大人の妖艶さが醸し出されていた。

 それでいて瑞々しさも失ってはおらず、見ているだけで下半身に熱が集まってきてしまう。


 何よりこの胸だ。

 けしからん。

 実にけしからん。


「……いいよな? どうせヤっちまったんだし」


 俺はそう自分に言い聞かせて、目の前で曝け出されているその魅惑の爆乳へ手を伸ばす。

 そして指先がその柔肌へと沈み込んでいく……まさにそのときだった。


「隊長! いらっしゃいますか!?」

「大変だ! 隊長が、いなくなっ――」


 突然、テントの幕が開いたかと思うと、そこには慌てた様子の聖騎士たちが。

 ソフィとシアナの二人である。


 彼女たちが目撃したのは、裸体の上司と、その胸を今まさに揉みしだこうとしている裸体の男で――


「何をしているんだぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「隊長ぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 二人の絶叫が朝の森に響き渡った。






 テントでの惨劇の後。

 小屋に全員が集合したところで、セレスティーネが切り出した。


「……皆さんに報告があります」


 当然だが、今はちゃんと服を身につけている。

 聖騎士団の隊長として相応しい威厳のある声音に、半ば呆然自失となっていた配下の四人が、ハッとして背筋を伸ばした。


「神剣ウェヌス=ウィクトの使い手であられるルーカス様。わたくしは、この方に我が身を捧げることを誓いました」

「「「なっ……」」」


 息を呑む四人。


「なぜですか、セレス隊長!?」

「昨日あれは異端の剣であると判明したばかりですよね!?」


 うん、俺もぜひそれを知りたい。


「いいえ。あれはきっと何かの間違いです」

「な、なぜ……!?」


 困惑する隊員たちへ、彼女は言った。


「わたくしは昨晩、女神ヴィーネ様より直接、神託を賜ったのです」

「「「……はい?」」」


 セレスティーネは両手を顔の前で組み合わせ、祈るような姿で告げる。


「ああ、今でも鮮明に思い出せます。あの人知を超えた美しいお姿、そしてお声。わたくしは全身が打ち震えるほどの感動を覚えました……」


 女神に会った……?


「しかも女神様は自ら、この不徳なるわたくしの誤った信仰を正してくださったのです。何と慈悲深いお方なのでしょう……」


 そして彼女はうっとりと頬を赤く染めながら言う。


「その教えに従い、わたくしは真の愛を知ることができました……。この方との肉体的な交わりを通じて……」


 ちらりと、一瞬こちらを見詰めてくる。

 昨晩のことを思い出しているのか、恥ずかしそうでありながらも、幸福感が滲み出るような表情をしていた。


 そんな嬉しそうな顔されたら、おじさんまた頑張っちゃうぞ……?


「くくく、思った通りじゃのう。こういう頭の硬い娘ほど、一度女の喜びを知ればころっと落ちてしいでででで!?」

「……なぁ、ウェヌス? 念のため訊いておくが、何もしてないよな?」

「ももも、もちろんじゃとも? 我はただの剣じゃしの? まさか夢の中で女神のフリをして神託を与えるなど、できるはずもないじゃろ?」


 どう考えても怪しいんだが。

 そう言えば……。


 昨晩、俺が飲んだ葡萄酒、クルシェの影の中に仕舞っておいたはずなのだが、確かこいつが「あの兎娘が飲んでしもうたから、飲むものがないじゃろ?」と、気を効かせて持ってきてくれたんだっけ。


「……ひゅーひゅー」

「おいこら下手くそな口笛で誤魔化すな」


 俺がウェヌスを問い詰めている中、セレスティーネは訴えていた。


「確かにこれまで信じてきた教えとは大きく異なることも理解しています。ですので、貴方たちにすぐ理解していただけるとは思っていません」

「セレス隊長……」


 隊員たちはしばし立ち尽くしていたが……やがて、覚悟を決めた表情になって頷き出した。


「いえ、我々は隊長を信じます!」

「セレス隊長がおっしゃるならば、それが真実に違いありません!」

「わ、私もそう思います!」

「我らは常に隊長と共にあります!」

「貴方たち…………ありがとうございます」


 目尻に涙を浮かべ、その信頼を喜ぶセレスティーネ。


 と、そこで聖騎士四人の視線が、一斉に俺の方へと向けられた。


 ……やばい、猛烈に嫌な予感がする。


「ルーカス様! どうか、我らも貴方様の女にしてください!」

「私たちもセレス隊長の後に続きたいのです!」


 ほらきた……。

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