第19話 殴ったら破れちゃった
「で、一体どうすればいいんだ?」
「方法は簡単です。その剣を聖泉に浸すのです。それが本当に神造の武具というのであれば、泉は然るべき反応を示すことでしょう」
然るべきって、どんな反応なんだ?
まぁとにかく、言われた通りにやってみるか。
俺は泉へと近付いていく。
そして剣化したウェヌスを水の中へ――
『……初めてじゃからの……優しく挿れて欲しいのじゃ……』
――思いっ切り突き入れてやった。
『がぼぼぼぼっ!? ちょっ、息が! 息ができぬ!』
そもそもお前には呼吸の必要なんてないだろ。
『そういやそうじゃったの』
案の定、平然としてやがる。
「っ! こ、これは……!」
背後から聖騎士たちが息を呑む音が聞こえてきた。
俺もすぐに異変に気づく。
無色透明だった泉が真っ赤に染まっていたのだ。
血のような毒々しい色ではない。
むしろ鮮やかで、美しい赤色である。
あるいは、情熱的な赤、という印象も受ける。
『ほほう? 我の神力に反応して色が変わったのか。なかなか面白い泉じゃのう』
感心したように唸るウェヌスを、俺は泉から引き上げた。
すると色が消えていき、水はゆっくりと透明に戻っていく。
「これはどういう判定なのかしら?」
と、アリアが訊ねたそのときだ。
「っ!」
突然、セレスティーネが腰の剣を抜いたかと思うと、一瞬で間合いを詰め、切っ先を俺の鼻先に突きつけてきた。
予備動作はほぼなし。
しかもその速さに、俺はほとんど反応することができなかった。
この歳で聖騎士団の隊長を務めているだけのことはある。
かなりの使い手だ。
これまで何度か魔物に遭遇し、彼女が戦うところを見てはいたが、どうやらまるで本気を出していなかったらしい。
「動かないでください。すぐにその剣を手放していただけますか?」
鋭い口調で命じられる。
他の聖騎士たちもすでに武器を手にしていて、完全に臨戦状態にあった。
「一体どういうことだ?」
「聖泉により、やはりその剣が邪悪なものであることが確定いたしました」
「……邪悪?」
「魔剣……それも、相当に強力なものと判断できます。邪神が作ったものかもしれません」
どうやら泉が赤く染まるという現象は、決して良いものではなかったらしい。
『我が邪神に作られたじゃと? か~っ、この乳デカ娘めっ、何をどう判断したらそうなるのじゃ!』
乳デカ娘って言うな。
「さあ、早急に剣を置いて下さい」
「ちょっと待て。どうするつもりだ?」
「今ここで破壊いたします」
「っ……」
「危険な武具であることが判明したならば、その場ですぐに破壊するように。聖女様はそのようにおっしゃっていましたので」
……そう告げる彼女の目は本気だ。
武力行使も辞さない、という意志がはっきりと伝わってくる。
ここでもし抵抗すれば、俺たちはレアス神殿を敵に回すことになるだろう。
いや、下手したら国に敵対することになってしまう。
『こ、これ! さすがにお主は我を信じておるじゃろう? いくら乳がデカいからといって、この娘の方を取るなどあり得ぬじゃろ……?』
ウェヌスが物凄く不安そうに訊いてきた。
とりあえず胸は関係ねぇからな?
「生憎――」
「っ」
俺は鼻先に突きつけられていた剣を素早く払うと、飛び下がって距離を取った。
「――泉の色が変わった程度で判断されても、まったく信用できないんだが」
確かにこいつは卑猥な発言ばかりのエロ剣だし、余計な言動のせいで何度も苦しめられてしまっているし、叩き割ってやりたいと思うことも多い。
『その、なんというか、少々やり過ぎたと反省してはおるぞ?』
……急に殊勝になったぞ、こいつ。
それでも、ウェヌスが邪悪な存在かと言えば、違うと断言できる。
こいつに禍々しい邪気はない。
見た目通りだが、ある意味で子供のように無邪気な奴なのだ。
それに、この相棒のお陰で俺はあの冴えない日々を脱することができたし、アリアたちにも出会うことができた。
何だかんだで、その点は感謝しているのだ。
たとえ危険な魔剣だったとしても、こいつを破壊させはしない。
『ほほう、ついにお主もデレおったか! くくく、ええんじゃぞ? もっと素直に我のことを讃えても?』
調子に乗るな。
俺の意志に応じるように、アリア、クルシェ、リューナの三人も各々、疑似神具を顕現させた。
「抵抗するというのなら仕方がありませんね。……いえ、すでに邪神の影響下に置かれていると考えれば、説得できるはずもありませんか」
セレスティーネは小さく嘆息しながら、左手に持つ円形の盾を掲げた。
彼女は片手剣に盾という戦闘スタイルだ。
だが盾をあんなに高く上げてどうするつもりなのだろうか? と思っていると、
「っ? これは……」
周囲を取り囲むように現れたのは、半径四、五メートルほどの半球状の透明な壁だった。
ただしアリアたちはその外側に取り残されていた。
「結界か……?」
「この盾は我が神殿に代々伝わる神具です。その能力は〈結界生成〉。もちろん防御のためにも使えますが、罪人を封じる檻としても利用できます」
つまり今は俺たちを分断するために利用したってことか。
「この大きさであれば、その強度はレッドドラゴンの突進にも余裕で耐え切れるほ――」
パリィィィン! と盛大な破砕音が鳴り響いた。
「――ど……?」
勝ち誇るように自らの武具の性能を語っていたセレスティーネの目が、驚きのあまり点になっていた。
「あ、ごめん……。思いきり殴ったら破れちゃった……」
影夜が装着された拳で結界を叩き割ったクルシェが、申し訳なさそうに謝った。
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