第18話 とんだ女誑しじゃねぇか

「と、とにかく! ちゃんとテメェには責任を取ってもらうぜ!」


 ウサ耳少女が叫んだ。


「つまり、貴殿もルーカス殿の嫁にしてほしいと?」

「そういう意味じゃねぇよ!? 落とし前をつけるってことだ! ……も?」


 リューナの言葉に、ウサ耳少女が眉をひそめる。


「テメェら一体、どういう関係なんだよ?」

「簡単に言うと、私たちはルーカス殿の嫁だ」

「よ、嫁!? 結婚してんのか!?」

「今はまだ婚姻関係はない。だがそこらの夫婦よりもずっと深い愛情で結ばれていると、私は思う」

「わ、わたくしはそんな意見は信じません! そのようなものが愛情だなどとは、神を冒涜する誤った考え方です!」


 セレスティーネが割り込むと、さらにそこへウェヌスがイヤらしい笑みを浮かべて、


「そのような不特定多数の男の視線を引き付ける立派な胸をしおって、まるで説得力がないがのう? くくくっ」

「そ、それは関係ないでしょうっ!?」


 ……確かにセレスの胸は大きい。

 ちらっと普段着のところを見たことがあるのだが、目のやり場に困ってしまうほどだった。

 この中では確実に一番の巨乳だろう。


「羨ましい……せめて、ぼくにあの半分でもあれば……」


 クルシェ、悔しげにガン見するのはやめよう。


「とんだ女誑しじゃねぇか……」


 ララが汚物でも見るかのような視線を俺に向けてくる。

 いや、俺が望んでこうなったわけじゃないからな……?


「ララさん! あなたは絶対にあのような邪な思想に染まってはいけません! いいですね!?」

「お、おう……?」


 ……随分と話が脱線してきたな。


「とにかく、だ。……酔っていてあまり覚えてないんだが、本当に触ってしまったらしいな。悪かったよ」


 俺は素直に謝った。


「責任を取れというのなら、ちゃんと取らせてもらう。具体的には何をすれば許してくれるんだ?」

「目には目を、歯には歯を、敏感な場所への愛撫は、敏感な場所への愛撫を。という訳で、お主のちんぶぎゃ!?」


 黙れ、エロ剣。


「っ……そ、そうだな……だったら……えっと……」


 ウサ耳少女はしばし困ったように沈黙する。

 どうやら何も考えていなかったらしい。

 感情が先立ってしまうタイプなのだろう。


 そもそも兎の獣人って珍しいな。

 王都でも獣人種はたまに見かけたが、兎の獣人を見たのは初めてだ。

 訊けば、どうやら兎人族というらしい。


「それにしても、あなたこんなところまでルーカスのことを追いかけて来たの? それもたった一人で」

「迷い易い森だし、強い魔物だっているのに。見たところ、すごい軽装だけど……」


 アリアとクルシェが疑問を差し挟む。

 ウサ耳少女は、うっ、と頬を引き攣らせた。


「し、仕方ねぇだろ……こいつを偶然見かけて、すぐに後を追いかけたんだからよ……」


 バツが悪そうに弱々しく答えるウサ耳少女。

 本当に気持ちが先行してしまう性格のようだ。


 しかし食糧すら持ってきていないとか……。


「……呆れた。幾らなんでも自殺行為よ。それに隠れて後を付けてこないでも、すぐに声をかけてくれれば良かったのに」

「さ、最初はそうしようと思ったけど……迷ってるうちに、ますますかけ辛くなって……」

「それだけ強さに自信があったってことかな? あれ? でも、あの酒場でウェイトレスやってたんだよね?」

「あ、あれはアルバイトで、本業は一応、冒険者……」

「ふむ。この森に躊躇なく入ってくるとは、貴殿は相当な実力者なのだな」

「い、いや、アタシは、その……ま、まだ、Eランクで……」


 皆から詰め寄られ、どんどん声が小さくなっていくウサ耳少女である。


 何だかちょっと可哀想な小動物のように見えてきた。

 乱暴な口調や三白眼気味の目付きのせいで苛烈な印象を与えるが(ウサ耳を除けば)、意外と内面は繊細なのかもしれない。


「ということは、ここから一人じゃ帰れないってことか……」

「仕方ありませんね。では、この小屋で待っていてください。魔物避けの結界が張られていますし、ここなら安全ですので。わたくしたちはこれからさらに森の奥に進みますが、昼過ぎには戻ってまいります。その後、一緒に街まで戻りましょう」


 さすがに聖泉まで連れていくわけにはいかないのか、セレスティーネはそう提案する。


「そ、そいつは助かる……」


 それはそうと、このウサ耳少女、何で俺の横で寝ていたんだろうか?

 謎だ。


「ところで、あなた名前は?」

「っ……」


 アリアに問われ、なぜか苦々しい表情を浮かべるウサ耳少女。

 しばし躊躇った挙句、恥ずかしそうにぼそりと呟いた。


「……ララ」


 思いのほか可愛い名前だった。

 いや、ウサ耳には似合っているが。


「可愛い名前ね」

「可愛い名前だね!」

「可愛い名前だと思う」

「可愛い名前ですね」

「可愛い名前じゃの!」


 皆の意見が一致した。


「か、可愛くなんかねぇよ! ……だ、だから嫌なんだよ、くそったれ……」


 どうやら本人的には自分の名前を嫌っているらしい。


 ウェヌスが言った。


「では、ぴょん子とでも呼ぶかのう?」

「余計にダメだッ!」






 ララを小屋に残し、俺たちは聖泉へ向けて出発した。


 そして二時間ほど、同じような光景が続く森の中を進み。

 やがてそれらしき泉が姿を現した。


 思っていたよりずっと小さな泉だ。

 直径十メートルほどの円形で、水底が見えるほど水が透き通っている。


『ふーむ? 確かに、多少は神威を感じるかのう?』

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