第17話 とても敏感な部分を愛撫していた

 目を覚ますと、腕の中に柔らかな感触があった。


 昨晩は確かクルシェと寝る日だったので、これは恐らく彼女だろうなと、俺はぼんやりとした起き抜けの頭で考える。

 その温もりを抱き締めながら、俺はしばし幸福を堪能していた。


 ……ん?


 だがふと違和感に気づく。

 昨日の夜は、確かにクルシェの日だった。


 しかし今は聖泉とやらに向かう途中の森の中。

 そして女性陣は小屋に、唯一の男である俺だけこの狭いテントで寝ることになったのだ。

 セレスティーネたちの監視もあるし、クルシェはちゃんと小屋に泊まったはずだった。


 じゃあ今、この腕の中にいるのは誰だ?

 そもそも抱いている感触がクルシェのそれじゃない。

 匂いも違う。

 アリアでもリューナでもない。


 ど、どういうことだ……?

 背筋が凍るような恐怖を感じて、俺は恐る恐る視線を下げた。

 するとそこにあったのは、


「兎の耳……?」


 何やら既視感のあるウサ耳だった。

 ふわふわの毛に覆われていて、触るととても気持ちよさそうだが、そんなことより。


「だ、誰だ、こいつ……?」


 頭にウサ耳が生えた見知らぬ少女が、俺の胸の中で眠っていたのである。

 意味が分からない。


「そろそろ起きてください。朝食を終え次第、出発を――」


 そのとき考える限り最悪のタイミングで、外からセレスの声がして。

 反応する間もなく、入り口の幕が開いた。


「……あ、貴方って人は~~~~~~~っ!」


 謎の少女と添い寝する俺を前に、わなわなと全身を震わせる聖騎士。

 直後、森中に響き渡るのではないかという、凄まじい怒声が轟いたのだった。


「何をしているんですかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 ……それは俺が知りたい。






「一体、その方は誰なのですかっ?」


 俺はセレスティーネから問い詰められていた。


「いや、だから俺も知らないんだって」

「あ、貴方は知らない女性と寝ていたというのですか!?」

「寝てたも何も、朝起きたら勝手に居たんだよ」


 俺だって困惑しているんだ。

 目が覚めたら見ず知らずの少女が隣で寝ている……むしろ恐怖である。


 しかも昨日の夜は飲んでいない。

 前夜の記憶を失ったとかいうわけではないだろう。


 第一、ここは樹海の奥深くだ。

 こんなところでは娼婦を買うことだってできやしない。


「ちょ、ちょっと待ちやがれ! テメェ、アタシのこと覚えてねぇのか!?」


 とそこへ、横から件の謎のウサ耳少女が割り込んできた。


「え?」

「なっ……アタシに、あんなことをシやがったくせに、覚えてねぇなんてッ……」

「貴方って人は……! 一体、この方に何をしたのですか!? まさかっ……」

「いやいやいや! してねぇ! 何にもしてねぇから! ……たぶん」

「たぶんとは何ですか!?」


 慌てて否定しつつも、しかし何かが引っ掛かる。

 それは彼女のウサ耳だ。


 どっかで見たことがあるような無いような……


「あ、アリアたちは知らないか?」

「うーん……どこかで会ったことがあるような気がしてるんだけど……」

「ぼくも。でも全然、思い出せないや」


 アリアとクルシェは記憶を探るように首を傾けている。


「私は彼女のことを覚えている」

「ほ、本当か、リューナ? 一体どこで会ったんだ?」

「先日、皆で行った酒場だ。そこで彼女はバニーガールをしていた」

「バニーガールじゃねぇ!」


 ウサ耳少女が声を荒らげる。


「ああ! あの酒場か! ……けど、バニーガールなんていたっけな……?」

「だからバニーガールじゃねぇって言ってんだろうが!? この耳は自前だ! 自前!」


 生憎とあまり覚えていない。

 恐らく酔っていたからだろう。


 アリアとクルシェも同じようだ。

 リューナはお酒に強いため、覚えていたらしい。


「そこで俺が彼女に何かしたのか?」

「彼女のとても敏感な部分を愛撫していた」

「……は?」

「……そのような行為をしておきながら、まさか覚えていないと?」


 ヤバイ、セレスティーネから本物の殺気が……。

 しかも後ろの連中も武器を抜こうとしてるんだが……まさか本当に攻撃してきたりはしないよな?


「いや、きっと何かの間違い……」

「間違いなんかじゃねぇ! そいつの言う通りだ!」


 ウサ耳少女は、俺が仕出かしたらしい罪を大声で訴えた。



「あのとき、テメェはアタシのこの耳に勝手に触りやがったんだよッ!!!」



 見ず知らずの少女にそんなことをしてしまったなんて……!

 何やってんだよ俺はあああああ!?


「私もそのように記憶している」


 リューナからも証言が。

 どうやら本当にやってしまったらしい。


 もはや言い逃れできない…………って、耳?

 今、耳を触ったと?


「なんだ、耳か……」


 思わず安堵の息を吐く。

 良かった。

 てっきりもっとヤバイことしたのかと。


「なんだ耳か、って何だよ!? 今まで家族にも触らせたことなんてねぇのに……!」


 え?

 そんなに耳を触るのはマズイことだったの?

 人間の俺にはそのあたりの感覚がよく分からないが……。


 セレスティーネもピンとこないのか、「耳……ですか……」と振り上げた拳をどうしていいのか迷うような表情を浮かべている。


「てか、見てたのなら止めてくれよ、リューナ……」

「最初はそうしようとした。だが彼女が感じているようだったため、私は止めない方がいいと判断した」

「感じてなんかねぇよ!?」


 ウサ耳少女が咆えるように反論する。

 しかしリューナは不思議そうに首を傾げ、


「そうだろうか? 私にはそのように見えた」

「でっ、出鱈目言うんじゃねぇ! 何でこのアタシが、見ず知らずの男に耳を揉まれて感じないといけねぇんだよ!?」

「ルーカス殿の愛撫の腕は確かだ。私もいつも色々なところを触ってもらっているが、とても気持ちがいい。意識を失ったことすらある」

「いきなり何の話をしてんだ、テメェは!?」


 リューナさんや、そういうことを真顔で他人に語るのはやめてくれませんかね?

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