第12話 この我に愛を説くとは片腹痛いのう
広い屋敷には客室も多くあって、俺たちはそれぞれ別の部屋を宛がわれた。
と言っても、俺は今、リューナと一緒のベッドにいるのだが。
言わずもがな、今日の夜は彼女を愛する番だからである。
他人の屋敷のベッドでヤるのはいかがなものかという考えが、一瞬脳裏を過ったが、しかし欲望の前にあっさりと掻き消された。
……昨晩は酔っていたしな。
ちなみに酒の匂いをぷんぷんさせながら屋敷に帰ったら、セレスからかなり怒られた。
まぁそれはともかく。
互いを求め合う熱く濃厚な一晩を過ごし、その翌朝。
目を覚ますと、エルフの美貌が視界を占めていた。
唇には柔らかな感触。
「ん……起きたか、ルーカス殿」
俺が起きたことに気づいて、リューナが少し顔を離した。
いつも彼女は先に目を覚ますと、まだ寝ている俺に勝手にキスをしてくるのだ。
「相変わらず貴殿の寝顔は可愛い。だからついキスをしてしまいたくなる」
「いや、どう考えてもおっさんの寝顔なんて可愛くなんかないだろ。リューナの方がよっぽど可愛い」
「そんなことはない」
「百人に訊いたら百人が俺に同意するだろうな」
「少なくとも、私にとっては違う」
言って、再びリューナは唇を押し付けてくる。
俺はそれを受け入れながら、彼女の頭を撫でたり、艶やかな髪を手ぐしで梳いたりした。
目を覚ました後も、しばらくベッドの中でイチャイチャするというのが最近の流行(?)だ。
だがそのとき。
「そろそろ起きてください。朝食を用意していま――」
ドアが勝手に開いた。
あれ……なんかデジャブ……。
しかも人化したウェヌスがドアの傍で、くくくっとあくどい笑みを浮かべている。
「――なっ……なっ……なっ……」
部屋に入ってきたセレスティーネは、俺とリューナが重なっているのを見てしまう。
見る見るうちに顔が真っ赤になっていき、
「何をやってるんですかあなた方はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
悲鳴じみた叫び声が轟いた。
「くくく、そんなに慌ててどうしたのじゃ?」
こっちを見ないよう背中を向けたセレスティーネに、ウェヌスがニヤニヤしながら訊ねる。
「き、決まっているでしょう!? 人の屋敷でっ、い、いやらしいことをしているからです……っ!」
「ほほう? あれがいやらしいこと? 一体どうしていやらしいのか、教えてくれぬかのう? 我は見ての通りまだ子供じゃからの。二人が何をしているのか分からぬのじゃ」
叫ぶセレスティーネへ、ウェヌスはさらに意地の悪い質問を投げかけた。
「そそそ、そんなこと言えるわけがないでしょう!?」
「言えぬと? もしかして、実はお主も行為の意味が分かっておらぬのではないのか? 何をしているかも分かっておらぬというのに、憤慨し、否定するとはのう」
「わわわ、分かっていますから! あ、あれは……そ、そのぉ……うぅ……」
「どうした? 言えぬのか? やはり理解しておらぬようじゃのう」
「だからちゃんと分かっています! そ、その……せ、せ、せっ……く……」
「むう? よく聞こえんのう? もっと大きな声ではっきりと言っ――ぶほっ!?」
俺がブン投げた枕がウェヌスの顔面に直撃した。
お前、いい加減にしろ。
「うぅ……わたくしとしたことが迂闊でした。事前にしっかりと禁じておくべきでした……」
恨めしげに嘆息するセレスティーネ。
「セレス隊長に何という無礼を……!」
「我らが付いていながら……迂闊……っ!」
彼女の配下の聖騎士たちが、こちらを物凄い形相で睨んできている。
「阿呆! それを禁ずるとは何事じゃ!」
反論したのはウェヌスだ。
いつの間にかまた勝手に人化していた。
……番犬のチルが怖いのか、キョロキョロと辺りを見渡しているが。
さすがにあの大きさだし、室内にいることはないと思うぞ。
「ウェヌス、お前はちょっと黙っておけよ。……確かに、さすがに人の家でヤるべきじゃなかったよな」
俺としても申し訳なく思っていた。
道中の宿でも普通にシてはいたが……あれは商売だし、男女を一つの部屋で泊めるのを認めた以上、あらかじめ了承していると考えていいだろう。
ここではわざわざ個室を宛がわれたにもかかわらず、部屋を移動してヤってしまったからな。
確かに責められても仕方がないところだ。
「掃除はちゃんと自分でやるから」
「あ、それでしたら、あたしがしますよ!」
そこに口を挟んできたのは、今回の旅に付いてきた自称・メイド長のイレイラである。
彼女は客人扱いされるのを嫌がり、この屋敷の手伝いを自ら買って出ているとか。
「いや、さすがにそこまでさせるわけにはいかない」
なにせ体液的なもので汚れてるわけだしな……。
「いえいえ、ご主人様と奥方様のベッドをクリーニングするのはメイドの役目ですから! はぁはぁ」
「……何で鼻息荒くしてるんだ?」
絶対に彼女に任せてはいけない気がした。
「とにかく! 二度とあのようなマネはしないでください! 少なくともこの都市にいて、審問が終わるまでは硬く禁じます!」
「それは困る。なぜなら必要不可欠なことだからだ」
強い口調で訴えてくるセレスティーネだが、それにリューナが反駁した。
「ルーカス殿と何日もできないなど、今の私には耐えられない」
「わたしもよ」
「ぼ、ぼくも……」
アリアとクルシェも同意している。
……数日くらい我慢しようぜ?
「仕方がない。屋敷内でするのが難しければ外でやればいい」
「分かりました、奥方様! ではテントを用意します! こういうこともあろうかと持ってきてたんですよ!」
いや単に万一の場合を想定して、クルシェの影の中に収納しておいただけだろ。
「そういう問題ではありませんからっ! そもそも婚姻前の男女が……その……そ、そういうことをするなど、あってはならないことなのです!」
加えて、とセレスティーネは続けた。
「そんなふうに複数人を囲うなど、言語道断です! 許されるのは一対一で愛し合う夫婦の関係だけですから!」
隊長のおっしゃる通りだ! この淫乱悪魔め! などと、配下の聖騎士たちが力強く同意を示す。
「はん、小娘がこの我に愛を説くとは片腹痛いのう」
小馬鹿にしたように鼻を鳴らしたのはウェヌスである。
「お主、どうせその歳でまだ生娘なのじゃろう? 誰かの話を馬鹿正直に鵜呑みにしておるだけで、異性と愛し合った経験すらないくせに」
「と、当然です! わたくしは神々に仕える聖職者ですから! 生涯に渡って独身を貫くと決めています!」
「なに? お主、結婚すらしないつもりか? か~っ、性の喜びも知らずに死ぬなど、なんと可哀そうぐべっ?」
俺は「喧嘩するなって」と、ウェヌスの首根っこを掴んで黙らせた。
二人の主張から考えて、どこまで言い争っても平行線にしかならないだろうしな。
「あ、貴方たちはそれでいいのですかっ? 好意を寄せている男性が自分以外の女性とも関係を持っているなんて、到底、許せることではないでしょう!」
セレスティーネは矛先をアリアたちへと向けたが、
「そんなことないわ」
「うん」
「私も気にしない。むしろルーカス殿ほどの男ならば、大勢の女性を囲って当然だと思う」
あっさりと一蹴されてしまう。
言葉を失ったように愕然とした彼女は、
「……ああ、女神様……どうか、この者たちを正しくお導き下さい……」
女神に祈りを捧げ初めてしまった。
……一種の現実逃避だろうか。
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