第11話 めっちゃもふもふしてる
聖泉なるものは、この都市の外にあるという。
かなりの秘境へ踏み入らなければならないらしく、明日を一日挟んで、明後日に出発することになった。
「旅の疲れもあるでしょうから」
大神殿を出て、俺たちは彼女の屋敷へと案内されることとなった。
彼女が率いる隊のメンバーだという四人の聖騎士たちも同行している。
「セレス隊長の身に何かあってはいけない」
「我々がいる限り、不埒なマネはできないと思え」
何もしねぇよ。
……てかこの四人、出会ったばかりの某四人衆と似た雰囲気を感じるのだが。
大神殿から南へと下っていくと、広場へと出た。
そこに隣接する形で、神殿らしき建物があった。
どうやらレアス神殿には、その本拠となる大神殿の他に、支殿と呼ばれている小規模の神殿が都市内に複数あるらしい。
聖騎士の各隊はそれぞれ管轄の支殿を有しているようで、ここは第一騎士隊の管轄なのだという。
その支殿の敷地内に立派な屋敷が立っていた。
ただし随分と年季が入っているが。
「第一騎士隊の隊長は代々、ここの屋敷を利用しているのです。……本来は男子禁制ですが、今回は特別に部屋をお貸しいたします」
別に宿でいいんだけどな。
「男子禁制とはなかなかよい響きじゃのう」
と、ウェヌスがボソリと呟いたときだった。
「ワンワンワン!」
「ぎゃう!?」
いきなり横合いから躍り掛かってきた巨大な生き物に、彼女は踏み潰された。
「な、何じゃこやつは!?」
「ワン!」
「我が家の番犬のチルです。こら、チル。放してあげなさい。お座り」
「ワウ!」
セレスティーネが命じると、番犬は右の前脚で押え込んでいたウェヌスを解放した。
ていうか、番犬……?
「犬にしては大き過ぎないか……?」
チルという可愛らしい名前を付けられたその番犬は、全長が軽く三メートルを超えていた。
顔つきも鋭く、口に並んでいる牙は人間を軽く噛み殺せそうなほど。
どう見ても狼……というか、魔物だ。
しかし純銀の毛並みが神々しく、その凛々しい顔立ちには高い理性が感じられた。
それに、恐らくかなり強い。
「……くう」
影の中からクウの情けない声が聞こえてくる。
同じ狼の魔物だが、本能で勝てないと悟ったのかもしれない。
「チルはホーリーウルフと呼ばれる狼の魔物の一種です。その知能の高さと神々しい姿から、昔から神獣として崇められていました。先代の隊長が手懐け、現在はわたくしが引き継がせてもらっています」
「ワウ!」
ぶんぶんぶん、と嬉しそうに尻尾を振る様子からみても、随分と人間に慣れているらしい。
「ぐぬぬぬっ、この犬っころめ……よくも我を……」
「ガルルッ!」
「ひうっ!?」
犬っころと言われると怒るらしい。
ウェヌスは逃げるように剣の姿に戻ると、俺の鞘の中に収まってしまった。
今日はこの都市の観光をすることにした。
ちゃんとセレスティーネからは許可を貰っている。
「わっ、船だ」
クルシェが声を上げる。
彼女の視線の先に運河があって、そこに船が浮かんでいた。
ここレアスには、都市西部を通る河川から水を引いて造られたという人工的な運河が流れている。
人の移動や物資の輸送などに利用されているらしい。
「あそこで船に乗れるみたいね」
船着き場があって、そこから街を一周してくれる旅客船が出ているようだった。
いわゆる遊覧船である。
「面白そうじゃ! 乗りたい乗りたい乗りたいのじゃ!」
「お前は子供か」
「ぼくもちょっと乗ってみたいかも……」
「よし、乗ろう」
「何で我とクルシェで反応が全然違うのじゃ!? もっと我も大切にせんか!」
そんなふうに遊覧船に乗ったり、名所に足を運んだりしながら割とのんびりと過ごし。
やがて日が暮れ始めてきた頃、俺たちは酒場を探して街中を歩いていた。
「やっぱレアスと言ったら葡萄酒だよな」
この地域は葡萄酒の製造に適した気候をしていて、一級品として知られていた。
しかも神殿が、恐らく教義的な理由だろうが、葡萄酒の出荷を制限しているため、なかなか他の都市では手に入らないのだ。
今回この都市に来たら、ぜひとも飲みたいと思っていたのである。
あまりお洒落なところは肌が合わないため、大衆酒場ちっくなところを選んだ。
店内は大勢の客で賑わっていた。
さすがに酒場ともなると、その雰囲気はどこでも大して変わらないようだ。
本場の葡萄酒を堪能する。
俺はそれほど味覚が優れている訳ではないが、一口飲むだけで低品質の葡萄酒との差は歴然だということが分かった。
ものによっては変な臭みがあったりするもんなぁ。
あと、やたらと渋みが強くて水で割って飲むのが普通なのだが、そうすると今度は葡萄酒の味自体も薄まってあまり美味しくなくなるのだ。
だがここの葡萄酒はストレートで飲める。
お陰で酔いが回るのも早い……ヒック。
「我も飲みたいのじゃ!」
「よーし、飲め飲めー」
「ルーカス殿。さすがに幼女に酒を飲ませるのは不味いと思う」
「おっと、そう言えばそうだな……ヒック」
「ぐぬぬ、リューナめ、余計なことを言いおって!」
とそのとき、背後から歓声が上がった。
「おおっ! 待ってました!」
「バニーちゃん! こっち向いてくれ!」
「いよっ、看板バニーっ!」
「誰がバニーちゃんだ! アタシはバニーガールじゃねぇ!」
囃し立てる男性客たちへ、一人の少女が怯まず怒鳴り返している。
少女は給仕服を着ており、どうやらこの店の店員のようだ。
さっきまで居なかったので、恐らくこの時間になって新しくシフトで入ってきたのだろう。
目付きが鋭く、いかにも勝気そうな少女だ。
客に対する言葉使いも随分と荒っぽくて、思いきり睨みつけたりしている。
まぁ客の方が煽っているからだが。
それでも男性客からは大人気だ。
恐らくそれは少女の頭に兎の耳が生えていることと無関係ではないだろう。
カジノで見かけるバニーガールが付けているような、明らかな作り物ではない。
ぴょこぴょこと独りでに動いているし。
てか、毛がふわふわしてて……触ったらとても気持ちよさそう……ヒック。
「バニーちゃん、こっちも葡萄酒おかわり!」
「だからその呼び方やめろ!」
気の強そうな顔つきと可愛らしいウサ耳。
そのギャップからくる愛嬌のせいか、怒声を浴びせられても客はまったく嫌な顔はしていない。
むしろ怒鳴られて喜んでいるくらいだった。
「あの子、獣人ね! しかも兎の! かわいい!」
「ふえー、ぼく、兎の獣人さんなんて初めて見たよ~」
「ウサ耳…………モフりたい……ヒック」
「ルーカス殿、随分と酔っているようだが、大丈夫だろうか?」
「らいじょーぶらいじょーぶ」
すぐ目の前を少女が通りかかったとき、俺は思わず立ち上がっていた。
そして手を伸ばす。
――少女のウサ耳に向けて。
「ぎゃう!?」
俺が耳に触った瞬間、彼女は悲鳴を上げた。
しかしそれを掻き消すほどの大きさで、俺は感嘆の叫びを爆発させる。
「うおぉぉぉっ! すっげぇっ、めっちゃもふもふしてる! ……ヒック」
「ちょっ!? なに勝手に触ってん――」
「もふもふ!」
「――ひゃう!?」
……そう。
俺は完全に酔っていた。
酔った勢いで、ついウサ耳をモフってしてしまったのである。
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