第9話 もう少し周りの空気を読んでくれると助かる

「……ぼくは……むにゃむにゃ……男じゃなくて……むにゃむにゃ……女だよぉ……」


 そんな寝言を口にしながら、すぐ隣でクルシェが眠っている。


「ああ、クルシェは良い女だよ」


 彼女の頭を撫でてやりながら、俺は小さく囁く。

 それが聞こえたのか知らないが、「ふへへ……」とクルシェの頬を緩んだ。


 盗賊団を制圧し、無事に捕まっていた人たちを救出することに成功した。

 すでに売られてしまった女性や子供もいただろうが、今後、拘束した盗賊たちを絞り上げ、違法の売買を行った奴隷商を突き止めていくというし、連れ戻すことができるかもしれない。


 宿屋の娘さんも無事だった。

 俺が突入したとき、ちょうどクルシェと一緒にいた少女である。

 彼女を連れて帰ると、両親や妹のミーシャは泣いて喜んでいた。


 今はその宿に泊めてもらっている。

 そして今回の件で頑張ったクルシェを、昨晩――というか明け方まで、しっかりと可愛がってやったところだった。


 お陰であまり眠れなかったが、もうとっくに夜は明けてしまっている。

 そろそろ起きた方がいいかもしれない。

 朝食を準備してもらっているので、遅くなると迷惑がかかりそうだしな。


「クルシェ、朝だぞ」

「……ふにゃ?」


 頬をぷにぷに突いたりしながら起こすと、彼女はんんっと大きく伸びをした。

 いったん上体を起こしたものの、またベッドに倒れ込んで俺の胸に顔を埋めてくる。


「朝だって」

「えへへ……もう少し……あと五分くらい……」


 そんなことを言いながら、くんくんと鼻を鳴らすクルシェ。

 彼女は匂いフェチなところがある。

 何だか犬みたいだ。


 あと、頭を撫でられるのも好きらしい。

 よしよしと撫でてやると、嬉しそうに顔をくしゃりとさせた。

 ただし俺はお尻を撫でる方が好きだが。


「ひゃんっ」


 ちょっとお尻を触っただけでも、クルシェはビクッと反応して可愛らしい声を上げた。


「も、もうっ……いきなりは、ダメだよっ……」


 ぷくっ、と頬を膨らませて俺を見上げてくるクルシェだが、その顔がとても可愛かった。

 思わず唇を寄せてキスをしてしまう。


 と、そのときだった。


「クルシェ様、ルーカス様、おはようございます。朝食の準備ができて――」


 部屋に入ってきたのは、早くも宿の手伝いを再開したらしいレーシャだった。


 って、何でドアが開いてんだ? と思ったら、人化したウェヌスがドアの傍で、くくくっと笑っていた。

 お前か……。


「――ま、す……」


 彼女は継ぎ句を失い、その場で固まった。


 この部屋は二人用で、ベッドは二つある。

 クルシェのことを男だと思っている彼女は、男同士で一つの部屋を使っていると思っていただろう。

 それが、あろうことか一つのベッドの上で重なり合い、キスをしていたのである。


 しばし呆然と立ち尽くしていたレーシャだったが、


「しししししっ、失礼しましたぁぁぁぁぁっ!?」


 大声で叫び、慌てて部屋から出て行った。

 俺とクルシェは静かに唇を離すと、互いに顔を見合わせながら苦笑するしかない。


「……あ、後でぼくが本当に女だってこと、ちゃんと教えることにするよ……」

「頼む……」


 すると元凶であるウェヌスが、


「阿呆! そんな勿体ないことするでない! ――初めて目撃した男同士の絡み……それが背徳的な行為だと知りながらも、なかなか頭から離れない……。そして気づけば、宿屋の娘は腐の世界に目覚めていたのじゃった……」

「……何を言ってるんだお前は?」


 二階が宿の各部屋になっていて、食堂は一階にある。

 俺とクルシェが一階に降りると、妹のミーシャがパタパタと動き回っていた。

 すでに朝食を終えた客が多いらしく、席はすいているが、片付けなどで忙しいのだろう。


 俺たちを見つけると、彼女はパッと笑顔になって、


「あっ、クルシェさん、ルーカスさん、おはようございます!」

「うん、おはよ、ミーシャちゃん。……えっと、レーシャさんは?」


 クルシェが訊くと、今度は少し申し訳なさそうな顔になった。


「すいません、お姉ちゃんなら、ちょっとまだ体調よくないみたいで部屋で休んでます」


 どうやらよほどショックを受けたらしい。


「そ、そうなんだ……」

「でも大丈夫です! 一日くらい、わたし一人でも!」


 ミーシャは力強く言う。

 実際、忙しそうにしながらも何だか楽しそうだった。


 最初に見たときはどこか空元気という感じだったが、今はそんな様子は欠片もない。

 やはり姉が無事に戻ってきてくれたのが嬉しいのだろう。


「おはよ、ルーカス、クルシェ」

「ルーカス殿、クルシェ殿、おはよう」


 食堂にはアリアとクルシェの姿があった。

 二人もすでに朝食を取った後のようだ。


 席を立ったリューナがこっちに歩いてくる。

 そして俺のすぐ目の前まで来たかと思うと、何の躊躇いもなくキスをしてきた。


「ふむ。やはり貴殿と唇を重ね合わせなければ、一日が始まる感じがしないな」


 リューナは俺とのキスがそんなに気に入ったのか、最近、事あるごとにしてくる。

 ……たとえ人前だろうとお構いなしだ。


「も、もう少し周りの空気を読んでくれると助かる」


 屋敷や宿の個室ならいいが、人が見ている前でやるのはちょっと恥ずかしい。

 何よりその後の殺気が怖ろしいんだよな……。

 リューナは美少女だから、特に男どもからの。


「今は子供だって見てるしな……」

「む。そうか。以降、気を付けることにする」


 すぐ近くにいたミーシャは、「いえ大丈夫です見てませんから!」と言いながら顔を両手で隠していたが、指と指の隙間からバッチリ目が覗いていた。


 こうしたことに興味がある年頃なのか、彼女は興味津々といった様子で訊いてくる。


「お二人は付き合っておられるんですねっ?」

「そうだ。愛し合っている」

「きゃーっ」


 リューナの返答に、嬉しそうな悲鳴を上げるミーシャ。


「私たちにとってキスなどもはや挨拶のようなものだ」

「き、キスですら挨拶ってことは……」

「褥を共にしたことも何度もある」

「そそそ、それって、どどどどんな感じなんですかっ?」

「具体的に言うと、まずは――――むっ?」


 俺は思わず「具体的に言わんでいい!」とツッコミながらリューナの頭をこついていた。


「何をする、ルーカス殿?」

「子供に何を教えようとしてんだ……」

「わ、わたし、もう十二歳ですし、子供じゃないですっ!」


 ミーシャが頬を膨らませていたが、俺からしてみたらまだまだ子供だ。

 まぁそれを言うなら、アリアたちだって十分子供なのだが……。

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