第8話 百合キタコレ
「「オオオオオオオオオオオオン!!!」」
揃って雄叫びを上げたのは、二本足で屹立する二体の虎。
盗賊の親玉である双子が、人間からその姿を変貌させたのだ。
「人虎……?」
クルシェは驚く。
人虎というのは獣人の一種だ。
普段は人間の姿であるものの、虎へと変身することが可能だった。
しかもその際、身体能力が大きく上昇するという。
「や、やべぇっ! 親分たちが変身しちまったぜ!?」
「早く下がれ! 巻き添えを食っちまうぞ!」
盗賊の手下たちが怯えた様子で後退する。
「嬢ちゃんよぉ、この姿になったら」
「手加減はできねぇぜ?」
人虎の双子が牙を剥いて笑う。
その瞳は獲物を狙う光を爛々と放っていた。
虎化することで、より狂暴に、そして、より動物的な欲望に忠実になるのだ。
直後、二体の獣が地面を蹴った。
「っ!」
クルシェでも一瞬、その動きを追い切れないほどの速さ。
両側から挟み込まる形で、まったく同時に繰り出される鋭い爪の一撃。
黒影を装着した右腕で爪撃の一つを受け止めると、反対側の爪は金属で補強した左足のブーツで蹴り上げて弾く。
「やるじゃねぇかァ!」
「だがオレたちの攻撃に、一人でいつまで耐え切れるかなァ!?」
「く……っ!」
一対一であれば、虎化した彼ら相手でも決して後れを取ることはなかっただろう。
だが、さすが双子と言うべきか、絶妙なコンビネーションで間断なく攻め立てられ、さすがのクルシェも苦戦を強いられる。
一方、ガルとデルは内心で舌舐めずりしていた。
――ひへへへっ、こいつ、よく見たらいいケツしてんじゃねぇか。
――あのぷりっぷりの尻に早く噛み付きてぇよぉっ!
「~~~っ?」
無論、彼らの心の声が聞こえたわけではないが、ぞくぞくぞくっとクルシェの背筋を悪寒めいたものが走って、物凄く気持ち悪くなった。
「さすが親分たちだぜ!」
「そりゃそうだ! なんたって、Aランク冒険者を食い殺しちまったこともあるくれぇだ!」
相手を圧倒する親分たちに、手下たちが大きな歓声を上げる。
ガルとデルもまた、自分たちの優勢を疑わなかった。
確かに目の前の少女は、信じがたいことに人虎の自分たちをも凌駕する身体能力と体術を有している。
だが二人で連携することによって、それを十全に発揮できないようにしっかりと抑え込んでいた。
そして着実にダメージを与え、獲物を少しずつ弱らせていく。
獣と化したとは言え、そうした狡猾さは決して失われていなかった。
しかし――
「生憎、こっちも一人じゃないから」
「「なにっ!?」」
クルシェが不敵に笑った直後、人虎たちに背後から襲い掛かる影があった。
「がうがう!」
シャドウウルフのクウだ。
もちろん影の中に潜んでいたのである。
「がっ!?」
「デルっ!? くそっ、この狼、一体どこからっ!?」
背中からクウに跳びかかられ、デルが地面に押え込まれる。
慌てるガルへ、すかさず肉薄するクルシェ。
顔面へ強烈なクリーンヒットを見舞い、十メートル以上離れた壁まで殴り飛ばした。
「ぐは……」
白目を剥き、ガルは完全に気を失ったようだ。
「クウ、一応、殺さないようにね」
「ばうばう!」
「何だこりゃ!? 影の中に引き摺り――」
一方、デルはクウによって影の奥へと消えていく。
「お、親分たちが……やられたなんて……?」
「信じられねぇ……」
戦いの行方を見守っていた手下たちが、呆然とその場に立ち尽くす。
……が、すぐに自分たちが置かれた状況を悟り、慌てて逃げ出した。
「逃がすかよ。衝撃刃(ブレイドインパクト)」
「「「ぐあっ!?」」」
しかし出口に殺到した彼らは、いきなり巻き起こった衝撃波によって部屋の中へと無理やり押し返されてしまう。
「大丈夫か、クルシェ? 悪い、遅くなった」
「うん、平気だよ!」
現れたのは三十過ぎの中年男性である。
「なっ、味方がいやがったのか!?」
「くそっ、こっちだ!」
盗賊たちは慌てて別の出入口の方へと走り出したが、今度はそちらから一人の少女が姿を現す。
「大人しく捕まった方が賢明だと、私は思う」
彼女は弓を構えていた。
「ちくしょう、こっちにもか!?」
「いや見ろ! あいつの武器は弓だぞ!」
弓は一撃の威力は高く、遠距離戦に長けているものの、速射能力には限界がある。
この五、六メートルほどの距離で、多数を相手取るには明らかに不利だった。
「一気に突破してや――」
ビュビュビュビュビュビュビュッ!
「「「……は?」」」
彼らの頭部の隙間を縫うように、信じられない速度で次々と矢が擦過していった。
「今のはあえて外した。次は頭を射抜く」
少女が淡々と告げたその言葉は脅しではない。
そう悟り、盗賊たちは逃げる気力すら失ってその場にへたり込んだのだった。
◇ ◇ ◇
「よし、これでこの部屋にいた奴らは全員捕えたか」
人虎だった盗賊の親玉二人を含めて、全部で二十三人の盗賊がいた。
縄で両手両足を縛りつけ、今は部屋の隅っこに集めてある。
『地下牢にいた人たちを救出したわ。見張りが二人いたけど、どちらも今は気を失ってる』
と、アリアから念話が入ってきた。
彼女には誘拐された人たちの救出と安全の確保を頼んでいたのだ。
一方で現在、盗賊の拠点を制圧したことを伝えるため、リューナには街へと向かってもらっている。
盗賊たちを引っ立てていこうにも、この人数だとちょっと厳しいしな。
朝までには応援が来てくれることだろう。
「あ、あのっ……ありがとうございました!」
と、頭を下げてきたのはレーシャだ。
最大の功労者と言っていいだろうクルシェがそれに応じる。
「ううん、無事でよかったよ。早く帰ってミーシャちゃんを安心させてあげないとね」
「え? どうして妹のことを……?」
「お姉ちゃんを助けてあげるって約束したんだ」
「そうだったんですね……」
レーシャは涙目で頷いてから、
「えっと……クルシェさん、でしたでしょうか? 先ほど、そう呼ばれていらっしゃったので……」
「うん、ぼくはクルシェだよ」
「すごくお強いんですね。……それに……す、すごく、カッコよかったです……」
俯きがちに頬を赤くし、レーシャの声は尻すぼみになる。
『ほほう! この娘っ子、どうやらクルシェに惚れたようじゃぞ! 百合キタコレ!』
ウェヌスが何か言ってるが放っておこう。
「……あ、あれ?」
そこでレーシャが何かに気づいて首を傾げた。
その視線はクルシェの腹部へと注がれている。
俺もすぐに気付いた。
『おい、クルシェ。胸に詰めていたものが落ちてるぞ?』
『うわっ、ほんとだ!?』
戦闘の際にずり落ちてしまったのだろう。
胸を膨らませていたはずのものが、今はお腹を膨らませていた。
……悲しい。
「いや、えっと、これはっ……」
クルシェは慌てて誤魔化そうとしているが……これ、誤魔化しようがないよな?
レーシャがハッとしたような顔をした。
「クルシェさんは男の方だったんですね! 私を助けるため、女装してワザと捕まっていたんですね!」
完全に勘違いされてしまったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます