第7話 獲れたてホヤホヤですぜ

 眠らされたあと(実際には寝たふりをしていただけだが)、クルシェは連中が街の拠点にしていると思われる建物へと運ばれていった。


 そこにはクルシェの他に二人、先に誘拐されたらしい少女たちが監禁されていた。

 恐らくある程度そこでまとめてから、本拠地へと移動させているのだろう。


 悲愴な顔をしている彼女たちには悪いが、拠点を突き止めて一網打尽にする必要がある。

 今は我慢してもらうしかないだろうと判断し、クルシェはそこでは大人しくしていた。


 移動は人の少ない夜に行われた。

 他の二人と一緒に馬車に乗せられると、街を出て半日ほど街道を進んだ。

 馬車が止まると、今度は徒歩でしばし歩かされる。

 目隠しをされていたが、匂いや足の感触などで森の中だろうというのは察せられた。


 アジトに辿り着いた後は、地下牢へ。

 基準は分からないが、何らかの区別がされているらしく、クルシェたちはそれぞれ別々の牢に入れられた。

 奴隷商に売る際の値段かもしれない。


 同じ牢の中にクルシェと同い年くらいの少女がいた。

 あの女の子のお姉ちゃんかもしれないと、クルシェは推測する。

 聞いていた特徴とも一致するし、何よりあの母娘とよく似ていた。

 あの女の子はミーシャで、お姉ちゃんの方は確か、レーシャだ。


「もしかして、レーシャさん……?」

「……え? あ、は、はい……」

「やっぱり。えっと……安心していいよ? もうすぐ助けてあげられるから」

「ほ、ほんとうですか……?」


 少し衰弱しているようではあるが、まだ奴隷商に売られてしまう前でよかったと、一先ずは安堵する。


 その後、クルシェはルーカスたちが砦に乗り込んでくるときを待っていたが、そこへ盗賊の下っ端らしき男がやってきて、


「おい、そこの二人、外に出ろ」


 指図されたのは、クルシェと先ほどの少女レーシャだ。

 とりあえず命令に従うしかない。

 男は二人を連れて砦内を進みながら、下卑た笑みを浮かべて振り返った。


「お前らはな、団長たちの性処理の道具に選ばれたんだ。光栄に思って、たぁっぷり奉仕して差し上げろよ?」


 その言葉を聞いて、レーシャが今にも泣き出しそうな顔になる。


「ひひっ、安心しろ。団長たちは以前はよく女を壊しちまってたけどよ、さすがに売り物にできなくなったら勿体ねぇからな。最近はちゃんと抑えるようにお願いしてんだ」


 連れていかれたのはかなり広い部屋だった。

 部屋には大勢の盗賊たちがいて、ニヤニヤしながら二人を見てくる。

 その間を通って連れて行かれたのは、最奥で椅子に腰かけている二人の男の前だった。


 二人は瓜二つの顔をしていた。

 双子のようだ。

 どちらも大柄で、いかにも悪人めいた風貌をしている。

 彼らがこの盗賊団を率いる親玉だろう。


「ガル親分、デル親父、連れてきやしたぜ」


 どうやら右がガルで左がデルらしい。

 それぞれ親分と親父という言葉で呼び分けているようだ。


「ほう、なかなかの上玉じゃねぇか」


 クルシェたちを見ながら舌なめずりしたのはガルの方だ。


「へい。一人はちょうど今日入ったばかりの獲れたてホヤホヤですぜ」


 人を食材みたいに言わないでよ、とクルシェは内心でムッとする。

 それが伝わったのか、盗賊の下っ端は、


「へへへっ、親分たちを前に随分と落ち着いてんじゃねぇか? いいねぇ。そういう女が泣くのを見るのが一番楽しぎゅお!?」


 突然、変な声を上げた。

 と言うのも、その股間にクルシェの膝蹴りが見事に命中していたからだ。


「ぐおおおおおっ!? いでぇぇぇぇぇっ!」


 股間を抑え、地面に四つん這いになって叫ぶ下っ端。

 その場に集っていた盗賊たちが騒然となる中、クルシェはアマゾネスの怪力に任せて両腕を縛っていた縄を引き千切った。


 本当ならルーカスたちが来るのを待つ予定だったが、こうなっては仕方がない。


 クルシェは右腕に籠手型の疑似神具――〝影夜〟を顕現させる。

 疑似神具は物理的な素材でできているわけではないため、眷姫の意に応じていつでも消したり出現させたりすることが可能なのだ。


「ちっ、取り押さえろ、野郎ども」

「「「へ、へい!」」」


 デルの命令を受けて、盗賊たちが一斉に襲い掛かってきた。


「ひぃっ?」

「大丈夫だから。伏せておいて」


 真っ青になるレーシャにそう指示しつつ、クルシェは拳を構える。


「はっ!」

「ぶごっ!?」


 真っ先に右方向から迫ってきた髭面の男へ、一瞬で肉薄してその腹部に拳を叩き込んだ。

 男は背後の数人を巻き込みながら、部屋の端まで飛んでいく。


 その様を見届けることもなく、クルシェはすでに逆方向で身を躍らせていた。


「ふっ!」

「がぁっ!?」「ぐはっ!?」「べっ!?」


 宙を舞いながらの回し蹴りで三人同時に蹴り飛ばすと、着地とともに後ろから殴り掛かってきた男の拳を見もせずに避けて背負い投げ。


「こ、こいつ、めちゃくちゃ強ぇっ!?」

「や、やべぇぞ……」

「何なんだ、この女は……?」


 仲間があっさりとやられていくのを目の当たりにし、盗賊たちは青い顔で後ずさった。


「す、すごい…………カッコいい……」


 一方、たった一人で多人数を圧倒するクルシェの戦いぶりに、床に伏せていたレーシャが頬を赤く染めている。


「使えねぇ奴らだ」

「……いや、無理もねぇと思うぜ。あの女、確かに強ぇ。以前やり合ったAランク冒険者より強いかもしれねぇぞ」


 劣勢の配下たちを傍観していたガルとデルが、そんな言葉を交す。


「こりゃあ、久しぶりに本気出さねぇと行けないみてぇだな」

「はっ、やっちまおうぜ!」


 突然、ガルとデルの身体が膨れ上がり、着ていた衣服がビリビリに破け散った。

 皮膚を毛が覆い尽くしていき、鼻頭が飛び出し、口は大きく裂けて鋭い牙が並んでいく。


「「オオオオオオオオオオオオン!!!」」


 仲良く雄叫びを上げた双子の盗賊たち。

 その姿は完全に二本脚で屹立する虎へと変貌していた。


「まさか、人虎(ワータイガー)……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る