第5話 特大のブーメランじゃないかの?

 やがて宿場町へと辿り着いた。

 複数の街道が集まる地点にあるため、比較的大きな街で、商人や旅人たちで賑わっている。

 すでに日は暮れかかっていて、今夜はここで一泊する予定だった。


「いらっしゃいませ! 五名様ですね? 空いているのは二部屋だけですが、大丈夫ですか?」


 宿に入ると、まだ十歳かそこらの可愛らしいエプロン姿の女の子が出迎えてくれた。


「ああ」

「お食事はどうされますか?」


 この宿は一階が食堂兼酒場となっているらしい。


「じゃあ食事もお願いしようか」


 食堂はそれほど広くはないが、そこそこ混んでいた。

 見たところ給仕はこの女の子しかいないようで、小さな身体でテーブルの間を何度も行き来しながら頑張っている。


 奥の方のテーブル席に腰を落ち着け、水を運んできてくれた彼女に注文を頼んだ。

 注文を受け終わると、女の子は小走りで店内を横切り、カウンターの奥のキッチンにそれを伝えていた。


「お嬢ちゃん、水のおかわりお願い」

「は、はい! すぐに!」


 客に頼まれ、水差しを持った女の子は慌ててカラのコップに注ぎにいく。

 ……なかなか大変だな。


「ひゃっ?」


 そのとき足を滑らしたのか、女の子が転んでしまった。

 水差しが宙を舞い、不運なことに近くの客の頭へ。


「てめぇ、何しやがる!?」


 大量の水を頭から引っ被り、その客が怒声を響かせた。

 ガタイのいい冒険者風の男だ。

 そんな相手からいきなり怒鳴られたのだから、女の子はビクッと肩を震わせ、必死に頭を下げた。


「ご、ごめんなさいごめんなさい!」


 さらに運の悪いことに、男はかなり酔っ払っているようで、


「っく! ごめんなさいだとぉ? 世の中、謝っただけで済むほど甘くねぇんだよぉっ」

「す、すいませんっ!」

「悪いと思ってんならよぉ、それを行動で示してもらわねぇとなぁ?」

「こ、行動……?」

「いひひ、なかなか可愛い顔してるからなぁ? そうだ、身体で謝ってくれたら許してやってもいいぜ? ……っく」


 おいおい、相手はどう見ても子供だぞ……?


「そ、そんなことは、できませんっ……」


 女の子が怯えながらもきっぱり断ると、急に男の目が据わった。


「ああん? ガキのくせに俺様の言うことが聞けねぇってのかよぉ!」


 そして拳を振り上げる。ひっ、と女の子が目を瞑る。

 だが男の拳が振り下ろされることはなかった。


「女の子に手を上げるなんて、幾ら酔ってるからって許されないよ」


 クルシェが男の腕を掴み、止めていたのだ。


「っ!?」


 二人の体格は二回り以上も違う。

 腕の太さもそうだ。

 だが男の腕は動かなかった。


 かなり力を入れていることは、盛り上がった筋肉から明らかだ。

 なのにクルシェの方は涼しげな顔で、握力だけでぎしぎしと男の腕部を締め上げている。


「ぼくだったら、その子の代わりに相手になってあげるけど?」


 クルシェが軽く睨むと、男は酔いが醒めたのか、赤らんでいた顔が今度は青くなっていく。


「くそっ!」


 吐き捨て、男は店から出て行こうとした。


「待てよ。金をちゃんと払っていけ」

「わ、分かってらぁ!」


 俺が立ち塞がって指摘すると、食べた以上のお金を近くのテーブルの上に放り投げてから、男は逃げるように去って行った。


 ……まったく。

 幾ら酔っているからって、理性を失うなんてだらしのない大人だ。


『それ、特大のブーメランじゃないかの?』






「お兄ちゃん、ありがとうございましたっ」

「おにっ……」


 助けた女の子から礼を言われたクルシェが、うっ、頬を引き攣らせた。


 最近の彼女は少しだけ髪を伸ばしたり、完全な男装をやめたりと、以前と比べると女の子っぽさを出しつつある印象だ。

 特に寮の部屋にいるときなんかは、もう年頃の女の子らしい格好をしている。


 だからなのか、お兄ちゃんと呼ばれたことにショックを受けているようだった。

 まぁ今は旅用の男性的な服装だし仕方ないだろう。


「うぅ……やっぱり胸かな……胸がないせいだよね……もっと揉んでもらって大きくしてもらわなくちゃ……」


 いや、すでにかなり揉んでいるはずなんだが……。

 残念ながらクルシェの場合、もう増大は見込めないのではないだろうか。


 あと、できれば俺は胸よりお尻を揉みた(ry


 ピークを過ぎたようで、店内が比較的すいてきた頃。

 先ほどの女の子がやってきて、改めて礼を言ってきた。


「ううん、いいよ。それより偉いね。あの後もちゃんとお父さんとお母さんのお手伝いをして」

「わたししか、いないから……」


 クルシェが頭を撫でてやると、女の子はそれに擽ったそうにしつつも、どこか辛そうに顔を伏せた。

 料理の方がひと段落ついたらしく、そこへ女の子の両親がやってくる。


「娘を助けていただいて本当にありがとうございました。今は人手不足で、この子には接客の方をすべて任せてしまっていまして……。それどころか、ああしたトラブルがあっても、厨房にいる私たちが気づかないこともあるんです」

「ううん、お父さんたちのせいじゃないよ」


 女の子はふるふると首を左右に振った。

 心配させないためか、頑張って笑顔を浮かべている。


 そんな健気な娘へ、父親は愛おしげな視線を落としてから、


「実は私たちにはもう一人娘が――この子の姉がいるんです。ですが……」


 ほんの数日前のこと。

 食材の買い出しに出たところ、行方不明になってしまったのだという。

 女の子より五歳年上の十七歳で、それまでは彼女が接客をこなしていたため、最繁時でもスムーズに店は回っていたそうだ。


「……もしかしたら盗賊に浚われてしまったのかもしれません……」


 最近、女子供を誘拐しては、奴隷商に売り払っている悪質な盗賊団がいるらしい。

 冒険者ギルドに依頼を出しているそうだが、なかなか尻尾を掴むことができずにいるのだとか。


「ルーカスくん」

「そうだな……。イレイラ、レアスまではあとどれくらいかかりそうだ? というか、寄り道してても大丈夫そうか?」

「はい! 今のところ順調にきてますし、数日は余裕があるかと!」


 俺が頷きを返すと、クルシェは女の子に言った。


「安心してよ! ぼくらがその盗賊団、やっつけてやるからさ!」

「ほんと?」

「本当! 見てたでしょ? ぼく、こう見えて結構強いんだからね!」

「うん、お兄ちゃん、すごく強かったです!」

「おに……あ、あと、こっちのお兄ちゃんも凄いよ! なんたって英雄なんだから!」


 いや、違うから。


 英雄と聞いて、女の子がきらきらと目を輝かせた。


「おじ……じゃない、お兄ちゃん、英雄さんなんですかっ?」


 別におじさんでいいのだが。


「あー……まぁそんなところだ」


 そんな期待に満ちた眼差しを向けられては肯定するしかない。


「すごい!」

「だからぼくたちに任せてよ! きっと悪い奴らからお姉ちゃんを取り戻してあげるから!」

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