第4話 ちゃんと端っこで空気になってますので
王都に戻ってきて一週間ほどが経った。
「伝説の剣なんて、ただの作り話じゃなかったのかよ?」
「いやそれが、その剣で街を襲おうとしていたオークエンペラーを倒したらしいぜ」
「本当かよ?」
「その作戦に参加したっていう冒険者たちから聞いたんだ。たぶん間違いねぇと思う」
王都内では今、伝説の剣と、それによりオークエンペラーが討伐されたという話題で持ちきりとなっていた。
もちろん学院内でも噂になっている。
「しかもそれがあのおっさんだって話だけどよ……」
「はははっ、そりゃねぇわ。やっぱ全部、法螺話なんじゃねーか? だいたい、本当にそれが伝説の剣だったら、すでに大々的に報じられてるだろ」
こちらでは、その剣を持っているのが俺であるという情報まで広がっていた。
お陰で以前にも増して周囲からの視線を浴びるようになってしまい、なかなか落ち着かない毎日を送っている。
ただし、皆、半信半疑といった様子である。
というのも、王宮からは未だに何も公表されていないからだ。
てか、そもそもイレイラが言っていたような招集命令、まだ来てないよな?
だがそんなある日のこと。
「……聖女エリエス?」
「は、はい。昨日、王宮からお達しがあったんです。彼女の下へと赴くようにと……」
頼んでもいないのにメイドとなったイレイラが、寮の俺の部屋までやってきて、困惑顔で教えてくれた。
聖女エリエス。
あるいは神託の聖女。
王都の北、レアスという都市にある同名の大神殿〝レアス神殿〟の最高指導者であり、神々と交信することができるという希有な力の持ち主だ。
その発言力はこの国の王侯貴族ばかりか、他国にまで及ぶという。
治癒の力にも優れ、かつての戦乱の時代には数多くの負傷者を救った英雄でもあるらしい。
その時代から生きているとなると、すでにかなりの高齢のはずだが、その癒しの力のお陰なのか、人間にもかかわらず、まるでエルフのように未だに若い頃の姿を保ち続けているとか。
「そんな人物のところに行って、何をさせるつもりなんだ?」
「それが……彼女の審問を受けるようにとのことで……」
審問。
この場合、単に事情などを問い質すという意味ではないだろう。
「……なるほど。こいつが本物かどうか見極めたいってとこか」
俺はソファの上で暢気に丸くなって寝ているウェヌスを見遣り、呟く。
愛と勝利の女神とされるヴィーネは、三大女神の一柱であり、広く信仰されている神様だ。
当然、おいそれとそんな女神が作った剣だなどと語ることはできない。
あの街で岩に突き刺さっていただけなら、まだ法螺話でも許される。
だがこうして実際に世に現れた以上、神意に反した異端ではないかを確かめるべく、神殿が動くのは当然のことかもしれない。
怪しげな剣の使い手を王宮に呼ぶわけにもいかないと判断して、そちらが優先させられたのだろう。
「いえ、もちろんあたしは本物だと信じてます! ですが、その……」
「そういや、聖女様は性倫理に結構うるさいんだっけな」
となると、|こいつ(ウェヌス)とは真っ向から意見が対立することになってしまう。
……これは面倒なことになったな。
王宮からの命令とあれば、応じないわけにはいかない。
数日後、俺はレアスに向けて出発した。
今回もまた、イザベラが所有している四頭立ての豪奢な馬車だ。
アリアたちも付いてくることになった。
というか、俺としては単身で良いと思っていたのだが、本人たちの希望で一緒に行くことになったのである。
「当然よ。もしあなたをどうこうしようとするなら、聖女だろうと容赦しないわ」
「うんうん」
「むしろ我が主君こそが正しいと分からせるべきだろう」
勇ましい限りだが、喧嘩をしにいくんじゃないからな?
「にしても最近、休んでばかりだな」
エルフの里に行った頃から、かなり出席率が酷いことになっていた。
今回も移動中に少しは勉強しておかないと。
……そもそも無事に帰ってこれるか分からないが。
「クルシェは大丈夫なのか? 二年生だし、俺たちのように先輩のノートを見せてもらうってわけにはいかないだろ?」
「平気平気! イレイラさん経由でノートを貸してもらえそうだから!」
そういえば、イレイラも騎士学院の生徒で、クルシェと同じ学年だったな。
「はい! お任せください!」
そのイレイラだが、「メイドとしてぜひとも同行しなければなりません!」という謎の理由により付いてきてしまった。
「当然ですよ! 不自由な旅のときにこそ、メイドスキルが役に立つのです!」
「といっても、メイド歴なんてまだせいぜい数日だろ?」
「いえいえ! 母から色々と仕込まれてきましたので! 夜伽の仕方なども……」
娘に何を教えてんだ。
「残念ながらリリたちは同行できない。ちょうど依頼のために、王都をしばらく離れる必要があった。レアスとは真逆の方向だ」
リューナが言う通り、リリたちエルフ四人衆は一緒ではなかった。
元々は五人でその依頼を達成するつもりだったそうだが、「リューナ様だけでも主君のお傍に!」ということで、四人と分かれて彼女のみ同行することになったのである。
「……むしろいなくてホッとしている」
「あ、それはそうと、ご主人様」
「なんだ?」
「いつでも事に及ぶことが可能なよう、ちゃんと布団も用意していますので。必要とあればお気軽にどうぞ!」
「及ばねぇよ!?」
……夜は宿場町に寄って宿に泊まるんだし、ヤるならそこでヤる。
「そうはおっしゃっても、どうしても抑え切れなくなることもあるかと! もちろんその際はあたしのことはお気になさらず! ちゃんと端っこで空気になってますので!」
いや外に出ろよ。
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