第3話 わしの娘に手を出そうなど
セントグラ王国・王宮――謁見の間。
その最奥に鎮座する豪奢な玉座に腰掛け、しかつめらしい顔で唸る初老の男性の姿があった。
「ううむ……しかしあれは本当の話なのか? まさかあの剣が本物で、それを抜くが現れたなど……」
髪に白い物が混じり始めているが、顔つきは精悍で、若々しい。
そして未だに衰えることのない筋骨隆々の体躯の持ち主だ。
彼こそがこの国のトップ、セントグラ王国国王フェルナーゼ=レア=セントグラ。
通称フェルナーゼ三世その人だった。
「しかし現にオークエンペラーが討伐されたところは、何人もの騎士や冒険者たちが目撃しています。イザベラ卿の妄言と切って捨てることなどできないかと」
そう助言を口にしたのは、フェルナーゼの右腕である大臣だ。
つい数時間前。
先だって報告は受けていたものの、イザベラ子爵が自らここ玉座の間にやってきて、詳しい話を伝えてきたのだ。
女ながら武人肌で、いつも泰然としているという印象を持っていたのだが……頬を赤く染めて嬉々として語る様に、王も大臣も大いに困惑させられた。
あれではまるで、恋する乙女ではないか、と。
「いずれにしても、特A級危険度のオークエンペラーを討伐したのは確かだ。何かしらの褒賞が必要であろう。ならばそれを理由にその者を呼び出し、我が目で直接その真偽を確かめたいところだ」
「なるほど。では早速、そのように手配いたしましょう」
王の言葉に頷く大臣。
その人物が平民ながら騎士学院に通う生徒であると聞いているため、恐らく招集するのは難しくないだろうと彼は内心で推測する。
もしイザベラが語った内容が真実ならば、ぜひその存在を政治的に有効活用したいところだった。
幸い騎士学院の生徒だというのなら、少なくともこちらに敵対的ということはないだろう。
「お父様」
そのとき玉座の間に、目の覚めるほどの美しさを誇る一人の少女が入ってきた。
この場所に何のアポイントもなく立ち入れる人物は限られている。
しかし彼女はその一人。
それもそのはず、彼女の名はフィオラ=レア=セントグラ。
この国一の美貌の持ち主とまで言われる、国王フェルナーゼの娘だった。
「おお、フィオラ。どうしたのだ?」
先ほどまでの引き締まっていた顔が嘘のように、フェルナーゼの頬が緩む。
彼の娘の溺愛ぶりは有名だった。
「……申し訳ありません、お父様。実は今のお話、こっそり聞いておりましたの。……その、本当に彼を王宮に呼ぶんですの……?」
恐る恐る訊いてくる娘に、フェルナーゼは怪訝そうに首を傾げた。
「そう言えば、同じ学院に通っているのだったな。もしかして面識があるのか?」
「え、ええ……」
フィオラはどこか歯切れ悪く頷いて、
「実は、その……あたくし、あの方には何度か言い寄られていまして……」
もちろん嘘である。
今にも泣きそうな顔をしているのも演技だった。
「何だと?」
しかし娘を目に入れても痛くないほど可愛がっているフェルナーゼ王は、そんなことに気づくはずもなく。
下がっていた目尻が、急速に釣り上がっていった。
「何ということだ! 平民の分際で、わしの娘に手を出そうなど……!」
「も、もちろん、しっかりとお断りいたしましたわ。ですが、まるで聞き入れてはくださらず……」
震える声で頷くフィオラに、フェルナーゼはさらに声を荒らげる。
「おお、何と可哀想な娘か! さぞかし怖い目に遭ったのだろう!」
言い寄るどころか、無理やり襲いかかってきたに違いないと勝手に想像するフェルナーゼ。
賢帝と讃えられる彼だったが、娘のこととなると冷静な判断ができなくなってしまうのだ。
その一方で、上手くいきましたの……と、内心で嗤うのはフィオラである。
だがそんなことは億尾にも出さず、か細い声で、しかしはっきりと断言した。
「……お父様。あたくしには、彼が神剣の使い手であるとは到底思えませんの」
「そうであろう」
「それに……もし神の名を騙っているのだとすれば、それは許されることではありませんわ」
そして彼女は提案するのだった。
「一度、神託の聖女エリエス様に、審問をお願いしてみるべきかと思いますわ」
フィオラが謁見の間から出ていくのを見送りながら。
大臣は、これは面倒なことになってしまったな……と心の中で嘆息していた。
神剣かどうかなど、実際にはどうでも良かったのだ。
それが伝説級の剣として相応しい性能を有しているとするならば。
国内外に広く公表するにしても、〝神剣〟という呼び方は控えるつもりだった。
なぜかというと、神の名を冠すると色々とうるさいからである。
この世界では三大女神を中心とした神々への信仰が一般的だが、その解釈は様々。
どれが正しいのかは神のみが知るところで、確かめるのは容易ではない。
下手に神剣などと喧伝していては、余計な摩擦を生んでしまうことになりかねなかった。
しかしもはや、そういうわけにはいきそうもない。
王が愛娘の提案を受け入れ、聖女エリエスに審問を依頼することになってしまったのだ。
彼女はこの国ばかりか、周辺国にまで強い影響力を有している大神殿の最高指導者。
もし彼女によって異端認定されれば、恐らくその剣は破壊されることだろう。
その使い手もどうなることか分からない。
「本物、であればいいのだが……」
そう口にしながらも、大臣は望み薄だろうと推測する。
愛と勝利の女神、ヴィーネが作った神剣との話だが……生憎と聖女エリエスは、男女が情欲的な関係を持つことを推奨していない。
そのため神殿の聖職者たちは独身であることが求められていた。
一般信徒に関しては結婚や出産は自由だが、婚前交渉や複数人を妻に娶ることなどは禁じられている。
そうした彼女の教えには、一夫多妻が基本の王家や貴族も困らされることが多いのだが……それはともかく。
イザベラによれば、あの剣の性能はそれとは真っ向から対立しているのだった。
一方で、謁見の間を後にしたフィオラは。
神妙な顔つきから一転、満足げにほくそ笑んでいた。
「ふふふ、上手くいきましたの。これであの男も終わりですわね。あれは確実に偽物。なぜならあのような男が神剣に選ばれるなど、あり得ないことですもの」
「……殿下」
部屋の外で待機していたマリーシャは、主人の企みに深々と嘆息するのだった。
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