第2話 そんなにいっぺんに相手できるかよ

 カルズの街の領主、イザベラが(強制的に)プレゼントしてきた屋敷は、ゆうに二、三十人は住めるほどの豪邸だった。


『くくくっ、これなら今後さらに眷姫が増えても問題ないのう?』


 だからもう増やさねぇって。


「部屋が二十近くもあるとか……さすが子爵家の別邸だな……」


 元名門貴族であるアリアは平然としているので、貴族にとっては当たり前のレベルなのかもしれないが、俺のようなド平民にとってはかえって落ち着かない。

 なにせ長年、古い安アパートに住んでいた身だ。


 屋敷の大きさはもちろんのこと、調度品もどれも高級品ばかり。

 イザベラの趣味なのか、異国風の工芸品があちこちに飾られていた。


「こちら、ご主人様のお部屋となっています!」


 イレイラに案内されて、当主用の部屋へと案内される。

 三部屋が一続きになっているらしい。

 入ってすぐのところが居間で、右手に執務室、左手には寝室があった。


「……でかすぎないか?」

「はい! ベッドは特注のものをご用意させていただきました!」


 広い寝室に置かれていたのは、一度に十人は寝れそうな大きなベッドである。


「最大十人まで同時に御相手いただけるようになってます!」

「そんなにいっぺんに相手できるかよ……」


 そもそもこれ以上、眷姫を増やす気はない。

 ないったらない。


「素晴らしいです! 主君! ぜひ今晩ここで――」

「やらねぇからな?」


 だからエルフ四人衆、期待に満ちた目をこっちに向けてくるんじゃない。






「……本当にあんな屋敷を使っていいのかよ……」


 一通り屋敷内を見せて貰った後、俺たちは今度こそ騎士学院へと向かっていた。

 その道中、思わず呟くと、


「いえ、むしろ主君には小さ過ぎます」

「リノの言う通りです! 主君ほどのお方であれば、むしろあれくらいの大きさの屋敷に住むべきでしょう!」

「いやあれ王宮だからな? この国のトップが住んでる城だからな?」


 せっかくメイドや特注のベッドまで用意してもらったところ悪いが、騎士学院の寮もあるし、俺があの屋敷を利用することは当分ないだろう。


 ……てか、正直、受け取りたくない。

 向こうが勝手に寄こしてきたとはいえ、イザベラに借りを作りたくなかった。


 なのに現在は宿を借りて生活しているリューナたちが、あの屋敷へと移る気満々なんだよなぁ……。


「ルーカス殿。我々はギルドへの報告がある」


 そのエルフの冒険者組とは途中で別れて、俺、アリア、クルシェの三人は、騎士学院に到着した。

 ……のだが、


「……何でイレイラまでいるんだ?」


 なぜかイレイラまで一緒だった。


「あたしはメイド長ですので! 寮の方でもしっかりお世話させていただきます!」

「……さいですか」


 何を言っても付いてきそうなので、俺はそう頷くことしかできなかった。


 騎士学院には王侯貴族も多く通っていることから、侍従を連れてきている生徒も多い。

 侍従用の部屋も用意されているため、彼らの多くは寮に住み込んでいた。


「しかし妹ってことは、仮にも貴族だろ? 俺みたいな平民のメイドにさせられて平気なのか?」

「その辺は気にしないでください! あたしのお母様は元々、前の領主だったお父様のメイドだったんです。それでお手付きになって生まれたのがあたしですし! それに、一時期は本妻から煙たがられて屋敷から追い出されていたので、ほとんど平民みたいなものなんですよ」


 どうやら少しドロドロとしたことがあったらしい。

 これだから一夫多妻は怖いんだ。


「今の領主からも疎まれているのか?」

「どうしてですか?」

「いや、だからメイドにさせられたのかと」

「それはないですよ! 昔からお姉様はあたしのことを、ちゃんと妹として可愛がってくれていますし! そもそも神剣の英雄様に御仕えできるなんて、これ以上の栄誉はありませんよ!」


 キラキラした瞳で断言するイレイラ。


「……そ、そうか。……とりあえず、寮長のところに行って登録しないとな」

「あ、その必要はないです。あたし、この学院の生徒ですので」

「え?」


 訊けば、どうやら彼女はこの学院の二年生らしい。

 女子寮にも部屋を持っているのだとか。


「貴族枠から入学できたのも、お姉様があたしを妹と認めてくれたからなんですよ。で、そんなお姉様から、つい数日前にご主人様に御仕えするようにとの指令がきて。最初はびっくりしましたけど」


 俺たちがカルズから王都に帰ってくるのに要したのは僅か数日だというのに、やけに色々と準備されているなと思っていたが、彼女が騎士学院の生徒で、元々王都に住んでいたからだったのか。


「道理でどこかで見たことがあるような気がしてた」


 と、頷くのはクルシェだ。


「あたしは文官志望なんで、実技が一番下のクラスなんですよ。だから今までまったく接点が無かったですけど……もちろんご主人様のことは一方的に知ってました!」


 だって噂になってますし、とイレイラは続ける。


「……学校内ではご主人様と呼ぶなよ?」

「え? 何でですか?」

「あまり目立ちたくないんだよ」

「すでに十分過ぎるほど目立っていると思いますけど……」


 イレイラは困惑気味に苦笑してから、


「もうすぐ王宮に召集されることになると思いますよ? お姉様が、神剣の英雄が現れたと報告されているはずですし。当然、王宮としてもそれが確認できれば、大々的に英雄の存在を国内外にアピールすることになると思います」


 ……マジか。

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