第32話 我もその一員なのじゃ

『阿呆じゃのう。我は我が選んだ者にしか、扱うことができぬというのに』


 そうなのだ。

 俺以外が手にしても、ただのナマクラにしかならないことは前に試して分かっていた。

 藁すらもまともに斬れなかったほどだもんな。

 むしろまだ銅の剣の方がダメージを受けるだろう。


「く、くそっ、どういうことだ――――ぶごっ!?」


 動揺しているレイクの腹を蹴り飛ばす。

 ウェヌスを手にしたまま執務机の向こうまで吹っ飛んでいった。

 ちょうどそこにいたバルカスが巻き込まれて「ぎゃっ!?」と悲鳴を上げた。


『ちょっ、我ごと飛ばすでない!』


 そう言われてもな……。


「何やってんだ、レイク!」

「お、おい、あのおっさん、剣が無くとも意外とやるんじゃ……?」

「はっ、狼狽えるな。どうせ素手だ」

「そうそう、全員でかかれば――――がっ?」

「「「なっ!?」」」


 右の方にいた男に一歩で肉薄し、殴り飛ばしてやった。


「言っておくが、お前らくらい素手で十分だぞ?」


 ウェヌスの持つ身体強化などの効果は、たとえ離れていたとしても維持されているしな。

 一人ずつ意識を刈り取っていく。


「……ふ、ふざけんなっ……これは伝説の剣のはずじゃ……っ!? どこに……?」


 額から血を流しながら起き上ったレイクが、手の中に剣が無いことに気づいて慌て出す。

 その剣は執務室の上に乗っていた。


「知っておるか? 女の子は相手を選ぶんじゃぞ?」

「は? ぶげっ!?」


 ウェヌスの足がレイクの顔面にめり込んだ。

 鼻血を飛ばしてレイクは倒れ込む。


「くくく、どうじゃ。我のような美少女の足に蹴られるなど、ご褒美以外の何物でもないじゃろ?」

「いや何で勝手にその姿になって戦ってんだよ……」


 すでにサルージャ以外は気を失って部屋のあちこちに倒れていた。


「くそっ! 何なんだよ、てめぇは!?」


 敵わないと悟ったのか、サルージャは窓から逃げ出そうとする。

 こいつ、いつも逃げてばっかだな……。


「逃がさないよ?」

「ぶっ!?」


 だが窓から飛び出そうとした瞬間、逆に外から飛び込んできた人物に蹴り飛ばされてしまう。

 クルシェだ。


 さらに部屋のドアが思いきり蹴り開けられ、アリアとリューナ、それから少し遅れてリリたち四人衆が中に入ってくる。

 ハーミラや他の職員の姿もあった。


「何でここに?」


 アリアたちは街を観光すると言って別行動を取っていたはずだ。

 もし先ほどレイクが手にした段階で、ウェヌスが彼女たちに援護を要請していたのだとしても、さすがに来るのが速すぎる。


「ついさっき、リューナがそいつらに森で襲われたって言い出したのよ」

「すっかり忘れていた」

「そんな重要なこと、忘れちゃダメでしょ」

「そ、それでギルドに報告に行こうってことになったんだけど、まず彼らの居場所を押えておく必要があるなって。この街から逃げられちゃうと厄介だし。で、クウの力を借りて探していたら……」

「ちょうどこれに遭遇したってわけか」


 先ほど少し自白していたが、どうやら他にも余罪は沢山ありそうだ。


「てか、リューナ。森で襲われたって、何でそのときに言わなかったんだよ?」

「特に被害はなかったこともあるが、あまりルーカス殿を心配させてはいけないと思い、伝えなかった」

「アホ」

「っ?」


 俺はリューナの頭に軽く拳骨を見舞った。


「そんな変な気を使うなって。俺の心配なんて別に大したことじゃない。今後はそういうことがあったらちゃんと報告しろ」


 前にさらっと他の冒険者に襲われたと話していたことがあったが、この分だと他にもあったに違いない。

 やたらと忠誠心が高いのはもう諦めているが、せめておかしな方向に発揮するのはやめてもらいたいものだ。


「……承知した」


 と、殊勝な顔で頷くリューナ。

 しかし何を思ったか、


「ルーカス殿」

「? どうし――――っ!?」


 不意打ちでキスをされてしまった。


「やはり貴殿は優しい。改めて惚れ直した」

「こ、こんなところでやめろって……!」


 ハーミラたちが驚いた顔でこっちを見てるし。


「リューナ様ばかりズルいです!」

「私たちも早く眷姫にしてください!」

「主君!」

「どうか!」

「だからする気はねぇって!」

「ではせめてキスだけでも!」

「何でだよっ?」


 リリたちが熱心に迫ってくる中、なぜかハーミラがじっとりとした視線を俺に向けて、


「……噂には聞いてましたけど、周囲に美少女ばかりを侍らせているって本当だったんですね、ルーカスさん……」


 いやいや別に俺が望んでこうなったわけじゃないぞ?


「我もその一員なのじゃ!」

「こんな幼女まで……っ?」


 おいウェヌス、何でまた余計なことを言ってるんだ。


「しかし安心するがいい、受付嬢よ! こやつはたとえ何人の女を我が物にしようと、決して満足せぬ性欲魔獣! つまり、お主にもチャンスがあるということじゃ!」

「はっ……私にもチャンスが……」


 俺はウェヌスの頭を鷲掴みにした。


「ぎゃう!? 痛い痛い痛い!? ちょっ、頭が割れる! やめるのじゃ~~~~っ!」




 その後、ギルドに領主イザベラがやってきた。

 事情を訊いた彼女は、配下の騎士にバルカスやレイクたちを連行するよう命じた。


「ずっとギルド長を探ってはいたのだが、なかなか有力な証拠を掴むことができずにいた。しかし、あなた様のお陰でこうして現行犯として逮捕することができた。洗いざらい吐かせる絶好の機会だろう」


 イザベラが礼を言ってくる。

 さらに神妙な顔で、


「先日のことと言い、あなた様にはもはや感謝しても仕切れない。やはりこの身を捧げるしか……っ!」

「それはもういいから」

「少しくらい迷ってくれてもいいと思うのだが!?」

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