第31話 阿呆じゃのう

 二階にあるギルド長室へと向かう途中で、ハーミラが立ち止まった。

 周囲を見渡して誰もいないことを確認してから、おずおずと切り出してくる。


「あの……私がこんなことを言うのはどうかと思うのですが……気をつけてください」


 恐らくギルド長のことを言っているのだろう。


 この街のギルド長であるバルカスは、以前は受付をしていたこともあり、俺も何度か話をしたことがあった。

 俺より二つ若い三十五歳で、珍しく職員から数年前にギルド長のポストに就任した男だ。

 冒険者上りではないため、見た目もいかにも文人といった雰囲気で、実際、戦う力はない。


 俺との仲はあまり良くなかった。

 以前、ギルドの運営方針について口を出したことがあるせいだ。

 もちろんDランクごときが何を言っているのだと、けんもほろろだったが。

 そう言えば、その後しばらく陰湿な嫌がらせを受けたっけ。


 ギルド長には色々ときな臭い噂もあった。

 何でも一部の冒険者たちを使って黒い仕事に手を染め、私腹を肥やしているのだとか。


 騎士団とあまり仲が良くないのも、その辺りが関係していると聞く。

 冒険者ギルドは全国的な組織で、半ば治外法権的な力を有しており 領主でもなかなか手を出せないのだ。

 それを良いことに、裏で非合法の仕事をしているギルドも多いとか。


 バルカスもそうかは分からないが……たとえそうだとしても、おかしくはなさそうだよなぁ。


「前々からルーカスさんのことを疎ましがっている感じがありますし……」

「ま、さすがに領主の後ろ盾もあるし、下手な要求はしてこないだろ」


 たとえギルド証を剥奪されたところで今なら別に痛くない。

 そんなことをするメリットはないと思うが。


 ハーミラに見守られながら、俺は一人ギルド長の執務室へと入った。


 かなり広い部屋だ。

 奥にある執務机の向こうに座るのは、痩せぎすの中年男。

 ギルド長のバルカスである。


「お久しぶりですね。いや、まさかあなたがあの剣を抜かれるなんて」


 にこやかな笑みを浮かべながらも、狐のように細い瞳はあまり笑っていない。

 以前からこういう笑い方をする男だった。

 実際にはともかく、この見た目のせいで、腹に一物抱えた人間だと勝手に思われている可能性もあるかもな……とは思う。


「よろしければ少し見せていただけませんか?」

「別に良いが」


 俺は背中のウェヌスを鞘ごと渡した。

 バルカスは受け取ると、刀身を半分ほど鞘から滑らせて「おお、これが……」と見入った。


『うへえ、こんなおっさんにジロジロ見られるなど鳥肌が立つわい』


 ちょっとくらい我慢しろ。


「なるほど。この剣があったからこそ、特A級の危険度とされているオークエンペラーを一撃で倒すことができた、と」


 満足げに頷くバルカス。

 直後、刀身を鞘に納めると、ウェヌスを後方へと放り投げた。


『ぬおう! こやつ、我を投げおったぞ!?』


 悲鳴を上げて飛んでいくウェヌスの先には――


「はっ、まさかこんなに簡単に手に入るとはな」


 レイクがいた。

 恐らく家具の後ろに隠れていたのだろう。

 ウェヌスをキャッチし、「これが伝説の剣か……」と呟く。


「ははははっ! ほんっと、馬鹿なおっさんだぜぇっ!」


 続いて本棚の陰から姿を見せたのはサルージャだ。

 さらに彼らの現在のパーティメンバーたちが、ニヤニヤと笑みを浮かべながら各々隠れていた場所から出てきた。


「……で? これはどういうことだ?」


 俺はバルカスに問う。


「見ての通りですよ。これほどの剣。あなたなどより、私たちが使った方が遥かに有効利用できるでしょうからねぇ」

「この俺がありがたく使わせてもらうぜ」


 バルカスが端的に応え、レイクは嗤いながら鞘を払うと、剣を構えた。


「もちろんてめぇにはここで死んでもらう。後はこの剣を持って国外へとトンズラだ」

「私は彼らに脅されて、あなたをこの場にお呼びしたことになります。そして彼らはあなたを殺した後、そこの窓を破って逃げていってしまったと証言しましょう」

「どのみちオレらは、エルフどもを捕え損ねたせいでこの街にはいられねーからなぁ」


 ん? 何の話だ?

 エルフって、リューナたちのことだよな?

 捕え損ねたって、俺、そんな話は聞いてないぞ。


「しかし、それじゃあギルド長としての地位も危うくならないか?」

「私も彼らと一緒にこの国を出ることに決めましたのでね。あまり一か所で悪事を続けていると、少しずつ隠し切れなくなってくるものなのですよ」


 どうやら噂は本当だったらしい。

 しかもこの様子だと、レイクたちもそれに加担していたようだ。俺とパーティを組んでいた頃からなのか、詳しいことは分からないが。


「ちなみにドアの鍵は自動で閉まる仕掛けを施していましたので、そこから逃げることはできませんよ? それと大声を上げても無駄です。この部屋は完璧に防音されてますからねぇ」

「簡単に死なせはしねぇぞ、おっさん? てめぇにはメアリを奪われた怨みもあるからなぁ」


 レイクが口端を吊り上げながら斬り掛かってくる。


「まずは抵抗できねぇよう、その腕から…………は?」


 間抜けな声が漏れた。


 なぜなら俺の肩に当たった刀身が、あっさりと弾かれたからだ。

 俺はその場に突っ立っていただけで何もしてない。

 もちろん痛くもなんともなかった。


『阿呆じゃのう。我は我が選んだ者にしか、扱うことができぬというのに』

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