第30話 そんなに持ち上げるなよ
俺はカルズの冒険者ギルドにやってきていた。
半年前までよく来ていた場所だ。
しかし今は非常に入り辛かった。
……本当はギルドに寄るつもりなんてなかったんだけどな。
なにせ、あまり良い思い出がない。
ずっとDランクで燻っていた俺は、よく他の冒険者たちから嘲笑の対象となっていた。
大した実績も無いし、ギルドも俺のことなんてほとんど評価してくれていなかっただろう。
だが宿まで見知った職員がわざわざ訪ねてきて、一度ギルドに来てほしいと言われれば、さすがに断るわけにもいかない。
「どうされましたか、ルーカスさん?」
入るのに躊躇している俺に、不思議そうな顔を向けてくるのは、その職員。
このギルドに居た頃、俺もよく世話になっていた受付嬢のハーミラだ。
それもこれも、領主イザベラが大々的に俺を神剣の英雄だと発表したせいだった。
ルーカスという名も公表され、オーク討伐の際に居合わせた冒険者たちが、以前このギルドで活動していたおっさんと同一人物だと確信するには十分だろう。
……リューナたちがあちこちで俺のことを称賛していたというのもある。
ギルド内に足を踏み入れると、冒険者たちが一斉にこちらを向いた。
「……おい、あいつ」
「やっぱあのおっさんじゃねぇか」
「じゃあ本当に……」
傍にいる仲間たちとひそひそ言葉を交し、いかにもバツの悪そうな表情を浮かべている。
かつて小馬鹿にしていた人間が、いきなり著名人になって再び現れたのだ。
そういう反応になるのも無理はないだろう。
俺としても気まずい。
大半がどう扱っていいのか分からないといった様子で、遠巻きに見てくる中、
「あっ、ルーカスさん!」
「ルーカスさん、お久しぶりです!」
「聞きましたよ! 凄いですね! まさか伝説の剣に選ばれるなんて!」
と、こちらに駆け寄ってくる若い冒険者たちがいた。
十代後半の四人組パーティだ。
「ケイルたちじゃないか。どうだ、調子は?」
「お陰さまでもうすぐCランクに昇格できそうですよ! って、今はそんなことはどうでもよくて!」
「そうですよ! 何で街に戻って来たのに、会いに来てくれなかったんですか! そもそも、半年前に急に居なくなったのでずっと心配してたんですよ!」
「いや、俺のことなんて心配しても仕方ないだろ」
「何を言ってるんですか! 俺たち、ルーカスさんがいなければ、絶対ここまで順調じゃなかったですよ!」
「そんなに持ち上げるなよ。ちょっと誰でもできるようなアドバイスをしただけだろ」
彼らにはこのギルドに来てすぐの頃に、少し冒険者のイロハを教えてやったことがある。
と言っても、冒険者を数年もやっていれば自然と身に付くようなことばかりだ。
まぁそれを習得する前に、あっさり死んでしまう新人も多いんだけどな。
なにせ、そんなことを誰も教えてくれないからだ。
ギルドはあくまで冒険者に仕事を斡旋する機関であって、新人を指導する余裕もなければ、ノウハウも無い。
一方、実戦で様々な知識を蓄えている冒険者たちは、自分たちのパーティに加入する者にならともかく、それを将来ライバルになるだろう新人にわざわざ教えるはずもなかった。
しかし、せっかく未来ある若者が、ごくごく基本を知らなかったせいで簡単に死んでしまうなんて、どう考えても勿体ない。
そう思って、俺は誰に頼まれたわけでもないのに、時々、偉そうに新人に知識をひけらかしていたというわけである。
おっさんの要らぬお節介というやつだ。
俺の場合、ライバルが増えようが増えまいが、どのみち底辺であることに代わりはなかったしな。
お陰で他の冒険者たちからさらに嫌われるようになったが。
時には新人から疎ましがられることもあったっけ。
「……そういや、俺らも新人の頃、あいつに助言されたよな」
「ああ。薬草とよく似た毒草の見分け方を聞いてたおかげで、間違えて毒を喰らわずに済んだんだっけ」
「今考えると冒険者なら知ってて当たり前の知識だが……」
すでに中堅クラスになっている冒険者たちが、そんなことを呟いている。
そう言えばもう十年近く前に、あいつらにもお節介を焼いたよな。
「私だってそうですよ。まだ新人だった頃、ルーカスさんから色々と教えていただきました」
受付嬢のハーミラが言う。
彼女がこのギルドで働き始めたのは五年ほど前のことだ。
当時まだ十七、八くらいの世間知らずの美少女。
荒くればかりの冒険者たちにとっては格好の餌食である。
実際、過去にはまんまと冒険者に誑かされて被害に遭い、泣きながらギルドを辞めてしまった受付嬢が何人もいた。
「下心のある冒険者への対処法とか、すごく参考になりましたし」
「もしかして、信頼できるBランク以上の冒険者と親しくなっておけってやつか?」
中堅以下の冒険者はまず手を出してこなくなるので、それなりに効果的な方法ではあるが……完全に他人任せだよなぁ。
Dランクのおっさんにできることと言えば、所詮その程度だ。
「大したことはしてないと思うけどな」
「そんなことないですよ! それに、受付の仕事を初めたでばかりで戸惑うことも多かったんですが、ルーカスさんみたいな人もいるんだと思うと、何だか気持ちが楽になって、あの頃、随分と助けられたんですよ」
まぁこんな俺でも役に立っていたのなら嬉しいが。
『この娘、お主に惚れておるようじゃぞ!』
んなわけねーよ。
ハーミラは当時からずっと人気の受付嬢だ。
狙っている冒険者は沢山いる。
「今回のこと、最初はすごく驚きましたけど……でも、むしろルーカスさんに相応しいと思います! いつも影で苦労されていたのを、神様が見ていてくださったんだなって……」
なぜか少し涙声で言うハーミラ。
お、おいおい、何で泣いてんだよ……?
『ほれ、間違いない! よし、今すぐベッあだっ!?』
喚くウェヌスを無理やり黙らせる。
「それより、ギルド長が呼んでいるんだろ?」
「あ、はいっ」
周囲から向けられる様々な視線が、何とも落ち着かない。
ずっと日陰で生きてきた俺は注目されるのが苦手なのだ。
ハーミラを促し、俺はいそいそとギルド長の執務室へと向かった。
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