第29話 ただし女子が手にすると百合になるがの

 オークエンペラーとその群れを倒した翌日。

 一部の騎士や冒険者たちは残っているオークがいないか森の中を調査しているらしいが、俺は女領主イザベラに呼び出されて、単身その屋敷へとやってきていた。


「ルーカス様」

「っ?」


 部屋へと通されるなり、なぜか彼女がいきなり目の前で跪いてくる。

 そして神妙な面持ちで告げた。


「ずっとお待ちしていた。神剣ウェヌス=ウィクトに選ばれたあなた様が、再びこの街に現れるのを」


 やばい、バレてる。


「あー、えっと……何のことっすか?」

「ご冗談を。その剣、この私が見間違うはずがない。……自らも英雄に憧れ、幼い頃から幾度となく抜くことに挑戦したが、やはり一度も抜くことは叶わなかった。そもそも女である私に、抜けるはずもないのだが」


 やはり誤魔化しても無駄のようだ。

 ていうか、お前、男専用の武器だったのか?


『別にそんなわけでもないぞ? ただし女子が手にすると百合になるがの』


 何でだよ。


「あなた様は現在、騎士学院に通っておられるとか」

「あ、はい、一応」

「なるほど。つまりは神剣に選ばれた後、騎士学院に入学するためにこの街をお発ちになったということか」


 そうです。


「しかしなぜまた騎士学院に? あなた様の実力とその剣があれば、そのような機関に入られる必要などないと思うが……。むしろ英雄として、すぐにでも国家レベル、いや、世界レベルのサポートを受けるべきであろう」


 いやいやいや、英雄なんて、俺のようなおっさんには荷が重すぎる。

 あまり目立つようなことは好きじゃないんだ。


『ほほう、この女、よく分かっておるのう。さすがはあやつの子孫じゃ。前回は我らの力を怖れるあまり、むしろ排除せんとする者が多かったからの。無論、すべて返り討ちにしてやったが。じゃがしかし、本来ならば世界中から美女という美女を集めて、我らに献上するべきなのじゃ!』


 もちろん俺はそういうハーレムを作りたいわけでもない。


『と言いつつ、着実に増やしてきておるがの?』


 それは半分以上お前のせいだろ。

 これ以上は絶対に増やさねぇからな?


「いずれにせよ。……このイザベラ=カリューン、神剣の新たな使い手たるあなた様へ、我が身を捧げることをお誓いする」


 心の中でウェヌスに反論していると、イザベラは言った。


「あなた様がよければ、この私も眷姫にしてほしい」

「無理です」


 俺は即答していた。

 たった今、増やさないと誓ったばかりだぞ。


 するとイザベラが愕然としたような顔になり、


「な……なぜだ? た、確かに私はすでに二十八。やや歳を取ってしまってはいるが、その……ま、まだ誰にも汚されていない綺麗な身体だっ」


 そういう問題じゃない。

 てか、何でどいつもこいつもそう簡単に俺の眷姫になろうとするんだよ。


 よく見ろ、こんなおっさんだぞ?


「すでに寝室の準備も整えていたというのに……」


 言いながら、イザベラは先ほどから気になっていた部屋を仕切っていたカーテンをスライドさせた。

 すると向こう側にキングサイズのベッドが現れる。


「マジかよ怖い」


 さすがにちょっと引いた。


「くっ……やはり怖れていた通り、彼女たちのように十代の若い娘が好みだったのかっ……」

「別にそういうわけじゃないからな? 勝手に人をロリコンみたいに言うなよ?」

「もしあの剣を抜く者が現れたら、私は眷姫にしてもらおうと決めていた。だからこそ、縁談が来ても今まで断り続けていたのだが……まさかこのような悲劇が……っ! あと十年……いや、せめて五年早ければ……」


 ダメだこの人、完全にリューナと同じタイプだ。


『む? ルーカス殿、呼んだだろうか?』

『呼んでない』


「はっ……それともまさか、あのときの失禁で幻滅されて……」


 いや確かに漏らしてるのは分かったが、それはあんまり関係ないから。


『そうそう、むしろ興奮したぐらいじゃのう? くくく、ご馳走様じゃったわい』


 それはお前だけだ。


 その後、いきなり服を脱ぎ出してアピールしてくるなどの奇行、もとい、猛烈なアタックを受けたが、俺はどうにか回避し、屋敷を後にしたのだった。


「無念……」


 項垂れる領主に見送られながら。


『可哀想にのう。じゃが安心せい。我が後からこっそり攻略方法を教えてやるからの』


 絶対にやめろよ?


 この街にいる間は何があっても酒は飲むまいと思った。



   ◇ ◇ ◇



「くそっ、何が神剣の使い手だっ……」


 レイクは忌々しげに吐き捨てた。

 どん、と壁を叩くと、古くなった塗料がボロボロと零れ落ちる。


 そこは彼らがパーティの拠点として借りているアパートの一室。

 オークの群れから逃げ出した彼らは、一度は群れに襲われる可能性のある街からも離れていたのだが、今日になって街が無事であることを知り、戻って来たのだった。


 とは言え、それは一時的なこと。

 荷物をまとめ次第、すぐにまた出発しなければならない。


 あのエルフのパーティを捕獲し損ねたせいである。

 間違いなくギルドに報告されて公になるだろうし、そうなるとギルド証の剥奪だけでは済まされない。


 しかもあのエルフたちは、王都から派遣されてきた冒険者であり、街で話題になっている神剣の使い手の仲間でもあるのだ。

 さすがにとのことだった。


 だがレイクが何より苛立っているのは、その使い手というのが、かつて自分のパーティにいたルーカスという名の中年冒険者だという点だった。

 さらには恋人を奪っていった張本人でもあるとすれば、面白いはずもない。


「……あの野郎……っ。おっさんのくせに、調子に乗りやがって……! 絶対、目に物見せてやる……!」


 憎悪の炎を燃え上がらせるレイクだが、一方、他のメンバーたちは冷めた顔をしていた。

 そんなことのために危険を犯したくない、やるならお前一人でやれよ、といったところだろう。


「あの剣」


 そんな中、何かを思いついたように呟いたのは、サルージャだった。

 口端を吊り上げ、彼は提案した。


「盗めねーかな?」

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