第27話 もっと上空まで行けるか?

 俺は今、空を飛んでいた。


 比喩ではない。

 本当に空中を飛行しているのだ。


「しかし、まさか空まで飛べるなんてな……」


 頬を風に打たれながら呟くと、リューナがそれに応じる。


「さすがは疑似神具。だが私自身を含めて、二人同時が限界だ」


 彼女の持つ天穹の【固有能力】〈気流支配〉によって上昇気流を生み出すことで、俺たちは飛行していた。


「……で、何でこの体勢なんだ?」

「この方が貴殿とより親密になることができる」


 リューナの怖ろしく整った顔立ちが、俺のすぐ目の前に合った。

 正面から抱き合うような格好で飛んでいるせいだ。

 二人が密着していた方が飛行しやすいからとのことだったが、


「これじゃ前が見えないだろ……」

「む、そう言えばそうか」


 リューナは頷いて、器用に空中で俺の後ろへと回った。

 その結果、後ろから彼女に抱きかかえられるという、ちょっと情けない格好になってしまったが……まぁ先ほどよりはマシだろう。


 オークロードを倒した後、俺たちは異変を伝えるべく、すぐに森から脱出しようとした。

 だが幾度となくハイオークに遭遇してしまい、このままでは時間がかかり過ぎてしまうと判断したのだ。


 クルシェの影で移動することも考えたが、そこでリューナが提案してきたのが、この空を飛ぶという方法だった。


 木よりも高い位置に上がることで視界が開け、眼下に広がる森を一望することができるようになった。

 お陰で現在地も、森の状況も分かり易い。


 こちらを採用したのは正解だったな。


「って、あそこにめちゃくちゃデカいオークがいるぞ……?」


 森の入り口の方向だ。

 周囲の木々を圧し折りながら、巨大なオークが二体、森の外へと向かって前進している。


 目算だが、一体は先ほど倒したオークロードと同じくらいの大きさだ。

 となると、その隣を行くそれよりもさらに一回り巨体のオークは……


『ほう。あれはオークエンペラーではないか』


 ウェヌスがやたら軽い口振りで言ったが、どう考えてもヤバイ奴だ。


『特A級の魔物じゃの』


 オークたちが想定よりも遥かに強かったのはあいつのせいか。

 

 しかもそいつがオークロードとともに、領主率いる騎士隊が待機している場所へと向かっているのだ。

 このままだと数分で激突することになるだろう。


『アリア、クルシェ! 南西の方角だ! オークエンペラーがいやがった! 俺たちは先を急ぐ!』


 地上の彼女たちへ念話で状況を伝えると、リューナとともにすぐに後を追い駆けた。


 空から見ていると、森の中を他のオークたちも移動しているのが分かった。

 すべてオークエンペラーと同じ方角だ。

 その先には領主と騎士たちがいて、さらにそのずっと向こうにはカルズの街がある。


 こいつら、まさか街へ向かっているのか……?


 ついにオークエンペラーが森を突破した。

 ここからでも騎士たちが驚いているのが分かる。


「急がなければならない」

「……リューナ、もっと上空まで行けるか?」

「ルーカス殿?」


 このまま俺たちが普通に加勢したところで、苦戦は必至。

 オークエンペラーとオークロードは元より、軽く百体を超すほどのハイオークや、オークジェネラルだっているのだ。


「最初の一撃が重要だ。それで確実にボスを仕留める」


 奴らは空を進む俺たちに気づいていない。

 このアドバンテージを最大まで活かすべきだろう。


「了解した」


 リューナはさらに高度を上げた。

 足元の森林が遠ざかり、目が眩みそうな高さになる。


 やがてオークエンペラーと騎士団が鉢合わせ、両者の戦いが始まった。

 いや、戦いにすらならなかった。

 オークの皇帝の雄叫びを喰らい、騎士たちは戦意を奪われてあっさりと無力化させられてしまったのだ。


 一方、俺たちもまたオークエンペラーの頭上へと辿り着いていた。


「……リューナ、急降下だ」


 背中でリューナが頷く気配が伝わってきた直後、気流の足場が消失し、俺たちは空中へと投げ出された。

 重力に従い、一気に落ちていく。


 うおおおっ、怖っ、チビりそう……っ!


 悲鳴を上げるわけにはいかない。

 やっぱこんな作戦を取るんじゃなかったと俺は心の中で叫びながら、ウェヌスを抜く。


 ぐんぐんと物凄い速度でオークエンペラーの巨体が近づいてくる。

 そのオークエンペラーは、今にも領主のイザベラを喰らわんと口を大きく開けていた。

 そして、


 ザンッッッッッッッッッッッ!!


 凄まじい衝撃が両腕に走った。

 硬っ……!?


 予想ではオークエンペラーの頭部を真っ二つに両断しているはずだった。

 だが想像以上に頭蓋が硬く、あまりの反動で俺は手からウェヌスを離してしまう。


 見ると、頭半分くらいのところで刀身が止まっていた。

 マジかよ。

 なんて石頭だ。


「ブヒアアアアアアアアアアアッッッ!?」


 オークエンペラーが絶叫を上げる。

 一方、俺はなんとか地面に着地して――


 痛ぇぇぇっ!


 そりゃそうだろう。

 あれだけの高さから落下してきたのだ。

 身体能力が強化されていなければ、死んでいてもおかしくない。


 しかし無茶をした甲斐はあった。

 頭部を真っ二つとは行かなかったが、さすがに頭半分を割られては一溜りもなかったようで、オークエンペラーは断末魔の叫びとともに絶命し、灰と化す。


 ウェヌスが落ちてきて地面に突き刺さった。


「な、な……」


 オークエンペラーに喰われかけていた女領主は、地面にお尻をついてわなわなと唇を震わせている。

 勇ましい女性だと思っていたが、よほど怖かったのだろう、股間が――いや、彼女の名誉のために見なかったことにしよう。


 今はそんなことより、


「ブホオオオオオオッ!」

「ブヒイイイッ!」

「ブホブホブホッ!」


 大将をやられて、オークたちが怒り狂っている。


「……こいつらをどうにかしないとな」

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